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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!
番外編 侍女は見た(マリー視点⑥)
しおりを挟む「……ここは……」
「お嬢様、気が付かれたのですね!」
お嬢様は不安げにキョロキョロと見回しながら、起き上がりました。
「お城でございますよ」
お嬢様は両手を広げて見つめたまま、固まっておりました。
「大丈夫です。ジェラルド殿下も命には別状ないそうです」
そう伝えるとお嬢様は、はぁぁぁーっと長いため息をつかれました。
「それじゃ……」
殿下の様子を見に行こうとして身体を起こしたお嬢様を、私はそっとベッドへ押し戻しました。
「まだ、意識は戻らないそうです。お嬢様も大変な目に遭われたのですから、もう少しお休み下さい」
「でも……」
「殿下がお目覚めになりましたら、一番に知らせてくれるようにお願いしておきましたから。今お嬢様が行っても邪魔になるだけですよ。プロの方々にお任せしましょう」
「……は、い……」
「殿下は必ず元気になりますから大丈夫ですよ。日々、お嬢様に鍛えられておりますからね。では、殿下が元気になったらする嫌がらせでも考えるのはいかがですか?」
「……そんな気分じゃ……」
お嬢様は目を潤ませております。
いつもの凛とした厳かさは失われて、ただのうるうる美少女になっております。
「マリーは一つ考えましたよ? 次の殿下とのお茶会には、仮面を被っていくのです」
「仮面……?」
「ええ。それも、特注のキヌケの仮面です」
キヌケというのは笑いの神です。
人を笑わせるのが大好きで、見ただけで人を笑わせるような顔をしていると言い伝えられております。
なので、キヌケを模した仮面はどれも面白おかしく作られております。
「……キヌケの仮面……マリー、それ、わたくしが恥をかくだけなのでは?」
おや? 意外と早く冷静さを取り戻したようです。
「いいえ。そして、いつものように殿下が『ブス』とか呼んできたら『はい、ブスですが何か?』って答えて差しあげるのですよ」
「いや、だから。それ、わたくしがアホに見えるだけよね?」
「それから、こうも言うのです。『自分をブスと呼ぶ間は殿下の前でずっとこの仮面を被ってることにする』と」
「……まぁ、そうしたらジェラルドはわたくしのことを名前で呼ぶしかないわね」
「そうです!」
「それ、いい案……なワケないでしょ?! わたくしにとってハイリスク過ぎるわよ! 大体、ジェラルドが開き直ってブスって呼び続けたら、わたくしはキヌケの仮面を外せないじゃない!」
「あら、バレちゃいましたか」
プクッと頬をふくらませたお嬢様も、大変お可愛らしいです。
私が膨らんだほっぺたを、指でつついて遊んでおりますと……。
──コンコン、コンコン。
扉が四回ノックされました。
どうやら、ジェラルド殿下の治療が終わったようですね。
お嬢様がいつ目覚めるかわかりませんでしたので、治療が終了したらノックだけで合図してくれるように頼んでおいたのです。
殿下は背中を何十針も縫う大怪我をされておりましたが(実際私たちが駆けつけた時は血まみれでしたし)、幸い命には別状がなく。
驚くことに、失神しただけのお嬢様よりも早く目を覚まされていたのです。
何でしょうこの……生命力の強さ? 悪運の強さ? しぶとさ?
もしかしたら、本当に日々、お嬢様の嫌がらせで鍛えられた耐久力スキルのおかげかもしれませんね。
しかし、やはり怪我に必要な処置が終わるまでは、医師の治療を邪魔をしないようにと言い含められましたので(当然ですね)。
お嬢様が目覚めても、合図があるまではこの部屋で待機させて頂くことになったのです。
昨晩お嬢様は、決闘への不安からかあまり寝つけなかったようでして。
寝不足気味のため、思ったよりも眠りが深く、お目覚めから合図までそう待たずに済んだのは助かりました。
もし早く目覚めたとして、まだ治療中だと伝えれば、その小さな胸を痛めて「わたくしのせいだ」と悩み、傷つき、泣くことになっていたかもしれませんから。
ま、私がついている限りは泣かせませんけども。
「さて、お嬢様の大切な方が目を覚まされたようなので行きましょうか」
「たたたたた……たい、たい……」
「おやまぁ……お口が故障しましたかね。ほら、淑女たるものお口はきちんと閉じてくださいな」
もちろん、照れてまともにしゃべれなくなってしまったことは察しておりますとも。
「仮面! キヌケの仮面はどこなの?! いでよ、キヌケの仮面!」
「……お嬢様、錯乱してる場合じゃございませんよ。行きましょう」
私は挙動不審になったお嬢様をベッド脇に立たせると、緩めていたドレスのウェストを締めあげました。
「うっ! ぐるじ……ぐるじぃわ゛、マ゛リ゛ぃ゛……」
「あら。最近ちょっと肉がついてきたようですねぇ。新作のお菓子の試食し過ぎですよ」
私は、放心状態のお嬢様を引っ張って、殿下が治療されている部屋へ向かったのでした。
──コン、コン……。
「イリガール嬢がお見えになりました」
「どうぞ」
中からは知らない男性の声がしました。恐らく医師でしょう。
部屋に入ると、奥の真っ白なベッドに横たわる殿下の姿が確認できました。見た目は包帯男……ですかね?
白衣を着た幾人かは医療器具の片付けをしており、もう退出するところのようでした。
お嬢様が一歩踏み出されましたので、私は壁際へとスっと下がります。
背中に傷があるからか、少し身体を起こした状態の殿下は、すぐにこちらに気づいたようでした。
「よかった、無事だったんだな」
そう言ってお嬢様に笑みを向けます。
それは、心の底からほっとしたような笑顔でした。
うーん、今までで一番の笑顔ですね。
あのクソ王子にこんな顔もできたとは……。
「う……ふぅ……」
そしてお嬢様は、それを見た瞬間にポロポロと涙を零しました。
医師たちは退出の準備が整ったようで、お嬢様や私に一礼しますが、お嬢様は全く気づかないご様子です。
彼らが退出すると、部屋の中は王子殿下とお嬢様と私の三人だけになりました。
──あら? 王子付きの侍女さんたちはどこへ……?
お嬢様は涙を流したまま、ふらふらした足取りで殿下のそばに近づくと、ベッドの端にしがみつくようにして、ガクンと膝を折りました。
「お、おい、アレクサンドラ……お前、また泣いて……」
何ぞ殿下の言葉がごにょごにょと聞こえた気がしますが、すぐにお嬢様の泣き声でかき消されて全く聞こえなくなりました。
「う゛う゛うわーん! い゛ぎででよ゛がっだぁぁーっ!!」
シーツを握りしめ、号泣です、号泣。
生まれた時からお世話させて頂いている私でさえ、お嬢様のこんな号泣を見たのは初めてです。
ぶっちゃけちょっと嫉妬します。
「う゛う゛う゛……ひっぐ……う゛う゛……ひっぐ……」
ハンカチ代わりのシーツでゴシゴシと顔を擦りながら、泣きじゃくるお嬢様。美少女が台無しです。
あ、多分今、鼻水も拭いたような……。
しばらく呆気に取られていた殿下の手が、お嬢様の頭の上にそうっと下ろされます。
そして、ぎこちない動きでそのしなやかな赤毛を優しく撫でていきます。
──あんな顔もできるのですね。
「参ったな……」
それは、とても愛おしそうに。
目を細めながら。
泣きじゃくるお嬢様を見つめるジェラルド殿下。
二人の間には、ついぞなかった甘い空気が流れておりました。
「……今回は金の勝ちのようですね」
「えっ? 何かおっしゃいましたか、侍女殿?」
私がこっそり扉から退出しながら呟くと、それを聞きつけた護衛さんが不思議そうな顔で尋ねてきました。
「いいえ。何でもありません。しばらくお二人だけにして差し上げようかと思いまして」
「あ、あぁ。そうですね。坊ちゃんもこれを機に素直になれるといいんですが……」
「あら……貰い泣きですか? よろしければこちらをどうぞ」
護衛さんの目尻に光るものを見つけ、私はハンカチを差し出しました。
彼とは最低限の会話しかしたことはございませんでしたが、言わばずっとこのお二人を共に見守ってきた戦友のようなものですからね。
「な、泣いてなんかおりませんよ? これは……ほら、あれですよ! えっと……汗が目に入って……あぁでも。ハンカチ、ありがとうございます」
彼は言い訳をしながらも私のハンカチを受け取って、ぐしぐしと目に浮かんだ汗を拭いておりまして。
私はその様子を微笑ましく見守っておりました。
まぁ、後日、このハンカチのせいで彼の家庭に嵐が吹き荒れることになろうとは、この時は夢にも思いませんでしたが。
──────────
ローガン、うっかりマリーのハンカチを持って帰ってしまって、奥さんにしばらく家を追い出されたらしい(ランフォード家、血のハンカチ事件)。
ちなみにジェラルドの怪我がこうも軽く済んだのは、実はリオルドが持ち込んでいた、冒険者必携アイテムポーションのおかげです。
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