できれば王子を泣かせたい!

真辺わ人

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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!

(20)ねぇ、今どんな状況?

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*後半、アレクサンドラのBL的妄想が入りますのでご注意ください。
──────────


 そして今──起こっている事態をなかなか呑み込めない。

「ねぇ、マリーさんや」
「何でございましょう」
「何故わたくしはこんなところにいるのかしら?」
「さて。私にもわかりかねますわね」

 そうでしょう、そうでしょうとも!

 私たちは若干ホコリ臭いテントの中にいた。
 異世界のテントといっても、前世のテントとほとんど変わらないように見えるわ。
 この世界、今のところナイロンとかは存在していないから、ゴムのようなものに浸した布でつくられているようで、防水効果もバッチリの模様。
 なんでも、魔獣避け効果のある何某かの薬も塗られているのだそうだ。

 魔獣避けと言えば、昔家族旅行ついでに隣国の従兄弟の家に遊びに行った時、お兄様たちに魔獣避けの薬玉を貰ったことがあったわね。
 割ると魔獣が忌避する臭いを発する玉だったのよね。そして、ものすごく臭かったわ。正直いってお父様の靴下より数段臭い。
 えっ? 靴下の臭いなんてたかが知れてるだろうって?
 お父様の靴下を甘く見ない方がよくてよ。使い方を間違えると凶器にもなるの。屋敷に出たネズミに投げつけたら、その臭いに失神してしまうほどには。
 だけど、アレ(魔獣避け)はそれを超える逸物だったわ。
 鼻の奥にツーンとくるような、突き刺すような強烈な異臭。激臭と呼ぶにふさわしい、ニオイの貫禄。
 硫黄泉と牛舎と腐った生ゴミを混ぜて割り算じゃなくて掛け算にした感じのね。
 玉を割る時にはもちろん鼻栓をするんだけど、鼻を塞いでも残り香で気絶してしまいそうになったわね。

 そういえば、何で魔獣避けの薬玉なんか割ったんだっけ?

「……」

 思い出せないわね。
 魔獣避けの薬玉を割るってことは、相当な危険に晒されたはずなんだけど……。

「……」

「……」

「……」

 ──ま、いっか。

 老化ですって?
 違うわよ。
 人間の脳細胞は日々死滅してるんだもの。お父様の頭髪の毛根のように。
 そんな昔のこと思い出せなくても当然よ。多分記憶された脳細胞だけが死んじゃったのよね。

 それよりも。
 このテントの外には、森という名の手付かずの自然が広がっている。都会の喧騒から離れて、森林浴をするには最適の環境よね!
 でも、残念ながら別に私たちは旅行に来たわけではないわ。

「……」

 今の状況は、私にとってもマリーにとっても不本意すぎるし、不満だらけ。

 でも、そうね……何故こんなことになったのか、順を追って思い出してみようかしら。


──────────


 先週の放課後、お気に入りの筆記用具を忘れたことに気づいた私は、マリーを連れて(授業外は侍女を伴うことが許されているの)生徒会室へ向かっていた。

「あら?」

 誰もいないと思っていたけど、誰かの話し声が聞こえる。

「……るな……」
「……だ……だろ……」
「……ない……」

 この声は……ジェラルドとリオルドだわ。

 ま、まさか……今、二人の逢瀬真っ最中?

 今日は、お昼にちょっとした確認事項があって生徒会役員のみんなが集合したけれど、放課後は何の予定も入ってなかったわ。
 ジェラルドならば、今日の放課後は生徒会室が無人になることを知っていたはず。
 だから、故意に二人になったってことよね?

 邪魔しちゃ……ダメよね?

 わかってるわ。
 でも……気になる。
 二人きりの時は何を話してるのかしら。
 盗み聞きはよくないこともわかってる。

 でも気になるのよ!

 神様、お父様、お母様、ごめんなさい! アレクサンドラは今だけ悪い子になります!

「……お嬢様……」
「しっ! マリー、静かに!」

 マリーの非難はとりあえず封殺。
 だから、わかってるんだってば。

「……」

 黙れって言われたから視線で抗議するつもりね、マリー?
 もちろんその視線も黙殺よ!
 そして、そーっとドアに近寄ってこっそり聞き耳を立てる。

「……だからっ!」

 ──びくっ!

「お前も好きなんだろ? はっきり言ったらどうなんだ?!」
「……ああ、好きだよ! だから何だって言うんだ?」

 何と……告白タイムだった模様です。

 きゃーっ!

 男性から男性への告白なんて、前世も今世も初めての経験だわ!
 ど、どんなシチュエーションで言ってるのかしら?
 マリーの無言の抗議は受け流すことにして、ドアの隙間からそーっと覗いてみる。

「それなら! もっと優しくしろよ!」
「……っ! そんなことお前に言われなくてもわかってる! でも、いざ目の前にするとできないんだっ」

 苦しげな声を漏らすジェラルドは、リオルドの腕の中だった。

『……っ!!!!』

 待って。
 脳内処理が追いつきません。これは一体どういう状態なの?

 壁ドン。

 多分、これは壁ドンよね?
 リオルドがジェラルドに壁ドンしてる!
 それで今は、ジェラルドのツンな性格について突っ込まれていると?「もっと優しくしろよ」っていうのはそういうことよね?

 愛しの人に優しくして欲しいリオルド。
 本人を目の前にすると優しくできないジェラルド。
 そして二人は激しく見つめあっているなう。

 いやだわ。
 前世も今世も腐女子属性ないはずなのに。何だかニヨニヨしてしまうのはなぜ?
 新しい属性でも生えてきたのかしら?

「今のお前に任せられるわけないだろ?! お前がそんな態度ならお前の大切なものを奪ってやるからな。そうなってから泣き言言うなよ?」
「……ふん。できるものならやってみろよ。そんな度胸あるのか? お前にできるはずないだろ」
「何だと? いいんだな? 後悔するなよ?」
「するかよ」

 ちょっと奥様! お聞きになりまして?!
 待って待って。
 誰か通訳プリーズ!!
 何だか怪しい内容に聞こえる気がするんだけど、内容は全年齢対象でいいのよね?!

『お前の大切なもの(ジェラルドの初めて)を奪ってやる』
『お前にできるはずがない』
『やってやるぜ、後悔するなよ?』

 解析班の方々! こんな感じですか?!

 これは……そのジャンルについては浅い知識しかないのだけれど、リオルド(攻め)‪✕‪ジェラルド(受け)ってことで合ってる?
 肉体関係が持ちたくて我慢ができないリオルドと、それを煽るジェラルドってことで合ってる?
 え。ちょっと待って。もうそんな段階なの?
 急展開過ぎないかしら?
 さっき告白しあって、お互いの気持ちを確認したばかりじゃなかったの?
 もしかしてさっきの「もっと優しくしろよ!」は、○○ピーする時に優しくしろってことなの?
 じゃあ、本来はリオルドが右(受け)だったってこと?
 いや、この際重要なのは右左じゃない。

 お姉さん(精神的な、ね)、もう訳がわからないわ。
 とりあえずわかっているのは、これ以上お子様は見ちゃいけないってことよ。

『お嬢様』
『しーっ! とりあえず、見なかったことにしましょう』

 欲を言えばちょっとこの先も見てみたいけど!
 でも、ダメよ。
 この先の展開はきっと、お子ちゃまな私には刺激が強すぎる。

 それに、二人の邪魔はダメ、絶対。

 マリーの言ってたことは正しかったわね。
 私が何もしなくても二人の仲は進んだんだもの。

 私は、忘れ物を取りに来たことも忘れて、そのまま回れ右をして屋敷へ帰ってしまった。
 そしてその夜、興奮冷めやらぬままベッドに入った私はふと思った。




 ──恋愛成就のお守り、効きすぎじゃないかしら?





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