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第1話 できれば王子を泣かせたい!
(2)穴があったら?
しおりを挟む穴に落ちた。
「…………」
「…………」
「……おいブス、何とか言え!」
「あら、女は喋るな出しゃばるなって仰ったのは殿下ですわよね?」
「そっ……それはっ! ──いや、悪かった」
私がキッと睨みつけると、バカ王子は反論を呑み込んだようだった。
「…………まぁ、ようございましょ。それで、殿下はそのブスに何を言って欲しいのですか?」
ブスだなんて自分では思ってないけどね、ふん。
言っちゃなんだけど、こちとら毎朝鏡を覗く度に進化する美少女具合に、マジびびってんだから。
悪役令嬢のスペック恐るべし!
まぁ、敵役がしょぼかったらざまぁのしがいもないものね。
身分も上、外見も上、婚約者持ちという相手に立ち向かって勝利してこその達成感。基本ぬるゆるゲーとはいえ、その辺りは不可欠要素だもの。
「…………」
何の話だっけ?
あ、そうそう。私はブスじゃないって話だわ。
前世を思い出した私だから我慢できるけど、毎回毎回顔を合わせる度に『ブス』呼ばわりとかって、普通に考えたらモラハラだからね。
いや、さすがの私でも相手が王族じゃなかったら殴り倒してるきがするわね。
そう言えば、ゲームの中のジェラルドも確かにツンデレだった気がするけど、こんなモラハラ人間だったっけ?
──あー……そういやそんなエピソードあった気もしないでもない。
ヒロインちゃんの初見でも『ブス』呼ばわりで、恋仲になってデレてからじゃないと名前呼びには発展しなかったわ。
──ん?待てよ?
攻略対象と悪役令嬢の仲が深まるわけがない→つまり私とは恋仲にはならない→ずっと『ブス』呼びのまま。
「…………?!」
──ななな……なんだってぇえええ?!
そりゃ私は精神的に大人だし?
まだ二十代前半の私に向かって、『クソババア』とかましてくる近所のガキンチョみたいなもんだと思えば、まぁ我慢できないことはない。
王子は脳筋設定じゃなかったはずだから、もう少し精神的に成長すれば、考えなしの罵倒は減るだろうけど──減るわよね?
だけど、ゲーム内のアレクサンドラはよくこんなモラハラに八年も耐えたよね?
はっきりいって人間不信になるレベルだよ?
公爵家の一人娘で、蝶よ花よと大切に大切に育てられてきたアレクサンドラが我慢できるはずないんだけど。
まぁ、公爵令嬢ごときがどんなに不満に思っていても、王族から望まれた婚約を蹴ることなんて出来ないわよね。例え顔を合わせたくなくても、王宮のお茶会に招待されたら行かない選択肢はないの。
前世を思い出した私みたいに、イタズラ仕掛けてストレス発散とか出来ないだろうから、相当ストレスが溜まったに違いない……ゲームのアレクサンドラたんカワイソス。
──あぁ、だからなのかも。
王子に対する、この凶暴なまでに攻撃的で暴力的な加虐的衝動は、前世の私の性癖とかじゃなくて、きっと『アレクサンドラ』としての無意識からきてるんだ。
ゲームではそのベクトルがヒロインちゃんに向いちゃったのね、きっと。
こりゃ、ゲームではジェラルドとヒロインちゃんがカップルになってくれて、意外と内心は大賛成だったりしたのかも。
モラハラ不良債権引き取ってくれてありがとう!的な?
今の私なら、間違いなく諸手を挙げて万歳三唱してしまう自信があるわ。
うーん……いっそ公爵家の権力とか使って、早めにヒロインちゃん探し出そうかしら?
そしてヒロインちゃんには、この公式ツンデレ属性改めモラハラクソ王子を是非矯正して頂きたいところよね。その愛すべきヒロインパワーで。
「…………おいっ! 聞いてるのか?!」
「あっ……」
「さっきから顔色が悪いな。気分でも悪いのか?」
「いいえ、この穴から脱出する方法を考えてました」
「それで……何か思いついたのか?」
「いいえ、全然」
同じ穴のムジナなんですから、役立たずだなって顔で見てこないでくれますかね?
大体、思いつくわけないわよ。
だって、そもそも私はこの穴に落ちる予定じゃなかったんだもの。
せっかく落とし穴まで上手く誘導したと思ったのに、落ちる直前で私の手を掴んでくるとか予想外だったわ。落ちても怪我はしないようにという無駄な配慮が行き届きまくった落とし穴だから、怪我の類は一切しなかったけれと。
本来ならこの落とし穴には王子だけ落として、日頃の行いをじっくり反省させたら護衛騎士さんとか誰か助けを呼びに行くつもりだったのよ。
二人で落ちちゃったらそれが出来ないじゃない。
こんなことなら穴をもう少し浅くするか、ロープの1つでも垂らしておけばよかったわ──でも、それじゃこの猿みたいなバカ王子に易々と脱出させてしまうものね。
せっかく昨日の夜こっそり忍び込んで、侍女のマリーと泥だらけになって掘った穴が無駄になってしまったわ。
泣かせるつもりでこっちが泣きたくなるなんて計算外ね。
「はぁ……とりあえず、叫びましょうか。タースーケーテー!!!」
「あ、ああ……誰か! 誰かぁぁぁ──っ!!!」
それからしばらく後、探しに来た護衛騎士さんによって、私たちは無事に救出された。
私としたことが。
落とし穴作戦は失敗ね。
虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うけれど、得たのは筋肉痛だけだなんて。
でも、まだよ。まだまだ。次こそ泣かせてやるんだから!
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