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後編 こんにちは子豚ちゃん
しおりを挟む「はぁぁ……本当に、別れが辛かったなぁ。あの子豚ちゃん、これからどうなるのかしら?」
大陸行きの列車に乗ったわたしは、ふかふかの背もたれに後頭部を埋めつつ、つぶやいた。
もう、わたしの子豚ちゃんではなくなった彼のことに思いを馳せながら、窓の外を見る。
「まだ彼のことが気になってるんですか? 新しい婚約者に愛されて幸せになるって、彼が自分で言っていたではないですか」
やや不機嫌な声で答えたのは、わたしの隣に座る不肖の弟子。
「そうだけど。理屈じゃないのよ、こういうのは」
「そうですか」
「ああぁぁぁ~! 彼女に可愛がってもらえてるといいんだけど」
「そんなに後悔なさるなら、なぜ手放したりしたんですか? あなたは魔女なのですから、恋敵の彼女を人知れず排除するなり、どうとでもできたでしょう?」
「なに怖いこと言ってるのよ、あなた? わたしは、昔話の魔女みたいに、悪いことに魔法を使いたくないの。それに、子豚ちゃんがもうわたしの顔も見たくないって、嫌いだって……」
自分で言ってて、段々と落ち込んでくる。
好きな人に『顔も見たくない』『嫌いだ』って言われて、もう頑張れなかったのだ。
確かに、あれ? 最近ちょっと子豚ちゃんの態度が冷たいなぁって思っていたんだけど。
まさかあそこまで嫌われていただなんて。
魔女だからなのか、人の感情を察するのが少し苦手なのよね。
魔女は思ったことはすぐ口に出すし、おかしな比喩を使って遠回しに伝えたりなんかもしない。
好きなものは好き。
嫌いなものは嫌い。
古い魔女も新しい魔女も、その辺の性格はみんな同じ。
だけど、人間の心って難しい。
「こうなったら、新しい子豚ちゃんを探すしかないわね」
失恋の傷は、新しい恋で癒すもの。
何年か前に会った、先輩魔女がそう言っていたわ。
すると、ますますしかめっ面になった弟子がつぶやいた。
「……私では、ダメなのですか?」
「えっ?」
「あなたの可愛い『子豚ちゃん』が、私ではダメなのかと聞いているのです!」
「何よ。変な慰めとかいらないわよ? 大体、あなたは人間でしょう? 子豚ちゃんじゃないわ」
「お忘れですか? 私も元は子豚だったのですよ?」
えっ? そうだっけ?
わたしは、今の今まで、列車の窓越しに見ていた彼を振り返った。
「やはりお忘れなんですね。まぁ、もう何十年も前の話ですから、お忘れになっても仕方がありませんが」
わたしは慌てて、胸元からショッキングピンクの眼鏡を取り出してかけた。
恐る恐る、彼の姿を見てみると――なんと、人間だと思い込んでいた彼の姿が、白と黒のツートンカラーの豚に変わった。
「あっ!」
これは、相手の本質を見抜く眼鏡なのだ。
例え魔法で姿を変えていても、この眼鏡をかければ、元の姿を見ることができる。
だから、あの桃色の子豚ちゃんと会う時も、時々かけては可愛い子豚姿を愛でて、堪能していた。
彼は、この眼鏡も気に入らなかったみたいだけれど。
「あなたは――子豚のモーリス!?」
「はい、あなたのモーリスですよ」
彼は、わたしの眼鏡を外しながらニッコリと笑った。
「だから、あなたの次の相手にピッタリだと思うんです」
そうだった。
なぜ忘れていたんだろう。
この子も、わたしの可愛い子豚ちゃんだったのだ。
何十年と当たり前のように隣にいて、最近は生意気な口しかきかなくなったから、すっかり忘れていたわ。
「私は、あなたからの愛情を常に感じておりましたよ。私の可愛い魔女さん」
「子豚ちゃん……」
「はい、私はあなただけの子豚ちゃんです」
今までにないほど優しげな光を瞳に宿しながら、不肖の弟子はそっとわたしを抱き寄せた。
ああ、彼から香るお日様の匂い!
それと、干草の香り!
「ねぇ、あなたはいつまでも側にいてくれる?」
「はい、いつまでもあなたのお側に」
初めて耳にする甘い囁きに、わたしは顔が熱くなるのがわかった。
「じゃあ、次の新しい子豚ちゃんを探しに行きましょうか」
「えっ? 子豚ちゃんは私だけでいいではありませんか?!」
だって。
可愛い子豚ちゃんから愛を返された幸せな魔女は、もっと欲張りになってしまったもの。
次は、わたしを大好きな可愛い子豚ちゃんが、ヤキモチを焼いているところを見たくなってしまったの。
わたしは、列車の窓を開けて外に向かって叫んだ。
「新しい子豚ちゃーん、待っててね~!」
「そ、そんなぁ」
(完)
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