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(28)あなたと(最終話)
しおりを挟む「──タリアっ!!! 大丈夫かっ?!」
タリアに走り寄るルドランは、息を切らせている。
その後ろに、さっきのメイドの姿が見えた。
ルドランが戻らないタリアを心配してウロウロしていたら、誰かを呼びに出たメイドにばったり会ったというところだろうか。
ルドランはタリアを抱き起こすと、手早くタリアの腕の拘束を解いた。
汗が滲み、髪が崩れて前髪が目にかかっているその姿が何だか妙に色っぽくて、タリアはクスッと笑った。薬のせいできちんと笑えていたかはわからないが。
「だい……じょう……」
案の定、舌がもつれて上手く言葉にならなかったが、『薬を盛られたみたいで』何とかそう伝えると、ルドランからぶわっと殺気が吹き出した。
「奴はどこだ──っ!」
タリアがまだ痺れが残る指である壁際を指し示し、ルドランがそちらに目をやる。
そこには、さっき吹っ飛んだリュシーが仰向けに転がっていた。
鼻から血を流したリュシーは苦悶の表情を浮かべ、更に白目を剥いて、口から泡を吹いて気絶していた。
「「…………」」
二人はしばらく無言でその様子を見ていたが、ルドランがたまらずぶはっと吹き出した。
「全く君は──一度ならず二度までも。これじゃ騎士も形無しだな。ふふっ……だが、そんな君だから惚れたんだよ」
ルドランはタリアを胸に閉じ込めて、ぎゅっと力を込めた。
「ねぇ、タリア……ピンチに颯爽と駆けつけられない役立たずの騎士だけど、それでもまだ君の側にいてもいいかな?」
耳元で囁かれて、少しくすぐったさを感じながら、タリアは思った。
役立たずなんてそんなことはない。
こうして駆けつけてくれた。それがとても嬉しい。
もしタリアがリュシーを伸さなければ、ルドランが助け出してくれていたはずだ。
まだ舌を噛みそうで言葉を発することが出来ないタリアは、ただコクコクと頷いた。
彼の目が嬉しそうに細められる。
「ここ、赤くなってる──」
ルドランがタリアの額をするっとなでた。
リュシーの鼻にぶつけたところだろうか。
「…………」
ルドランは、愛しげにタリアを見つめた後、額に一つキスを落とした。
なんだか背中がゾクゾクするけれど、胸の中はぽわぽわする。
この先もこの人となら進んでいけるだろうと、そう思ったら……。
「──好き」
思わずぽろっとこぼれ落ちたその言葉に、ルドランは目を見張って、それから本当に嬉しそうにその赤い瞳を細めた。
「僕も大好きだよ、タリア──」
◇◇◇
メイドに警備の人間を呼びに行かせている間に、ルドランがリュシーに使用済みの薬瓶を握らせた。
彼曰く、自分こそが被害者だと言い逃れできないようにするためだそうだ。
ちなみにこの柑橘系の香りのする薬瓶は、リュシーの上着のポケットに入っていたものだ。
念のために、武器を所持していないか服装を改めたら、転がり落ちてきたのだ。
そのうち、騒ぎを聞きつけた客が部屋の前に集まり始めた。
ルドランに言われて、屋敷の警備を呼びに行ったはずのメイドは、何故か数人の騎士を連れ戻ってきた。
ルドランが今のタリアを誰にも見せたくないとこぼしたので、騎士たちが部屋になだれ込む直前に見物客に紛れて、こっそり二人は抜け出した。
◇◇◇
後日、ルドランに聞いた話だが、どうやら元々男爵邸にはパーティー当日、騎士団の強制調査が入る予定だったらしい。
男爵はいくつかの貴族と組んで、いくつもの犯罪を犯していた。
その内の一つが身寄りのない人間の誘拐で、今回タリアが飲んだ薬はその際に使われていた物とのこと。
彼らは慎重に誘拐対象を精査し、確実に身寄りのない者を選んで誘拐していたため、発覚がかなり遅れたそうだ。
ルドランが何日も欠勤していたのも、この調査で隣国へ行っていたためだった。
その甲斐あって、騎士団は男爵と繋がっていた隣国の奴隷商を捕まえた。
そして奴隷商を締め上げて証拠を手に入れた騎士団は、男爵と繋がりのある貴族を一網打尽にする機会を狙っていた。
「それが、今回のパーティーという訳なのね」
「うん」
それで、ルドランと顔見知りの客(要は潜入していた騎士団員)がやたらといたのか。
タリアは納得した。
そんなこととはつゆ知らず、友だちが多くて羨ましく思っていたなどとは、口が裂けても言えない。
ルドランが会場で、自分が騎士だということを頑なに明かさなかったのも、そのためだった。
身分を明かしてしまえば、勘の鋭い人間に気づかれてしまう恐れがある。
今回の事件を受けて、男爵家並びに彼に与していた貴族の家は軒並み取り潰しになった。
家族はバラバラになり、事件に関与していない女性や子どもは辺境にある修道院や孤児院などに送られることとなった。
リュシーの新しい恋人であるジュリアも、その例に漏れず。
ルドランが、彼女の報復を「これっぽちも心配ない」と断言していたのは、ここに起因するのだろう。
ちなみに、ルドランとデートで行った下町の怪しげな道具屋も、その誘拐に一役買っていたらしい。
店の仕入れを隠れ蓑に、隣国からの薬の調達や誘拐した人間の保管や運搬などを請け負っていたとのことだった。
「えっ……じゃあ、あれもデートじゃなくてもしかして捜査の一環だったの?」
「まぁね」
ルドランはバツが悪そうに頷いた。
「僕が店主と話している間に、裏口から忍び込んだ仲間が証拠を探し出してたんだ」
「もしかして他のお店も──?」
「いや、仕事だったのはあの店だけだから」
「えぇー……デートだと思って浮かれてた私が馬鹿みたい」
「いや、本当だってば!」
焦ったように言い訳をするルドランを見ながら、タリアはふふっと笑った。
(きっとあの日、近いうちに店がなくなること知ってたから、ペンダントを買ってくれたのね)
「そういえば、あの男の事だけど……」
「あ、待って!」
「?」
「もし、『あの男』がリュシーのことならもういいの。興味がないわ」
タリアがそう告げると、ルドランは「そうか」とだけ返した。
タリアにとってそれは、あの時にもう全て終わったことだった。
安堵するにしても後悔するにしても、この先を聞いてしまえば再び彼への想いに囚われてしまうだろうから。
彼の物語はもう、タリアとは交わることはないだろう。
でもどうか。
彼が少しは幸せを感じられる物語でありますように。
そしてタリアは、これから新しい物語を紡いでいくことになるのだろう。
隣で微笑む赤い目の男を愛しそうに見つめて、タリアは囁いた。
「ねぇ、大好きよルドラン」
「僕も、愛してるよ、タリア」
ほら、こうして──。
(完)
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