29 / 29
(28)あなたと(最終話)
しおりを挟む「──タリアっ!!! 大丈夫かっ?!」
タリアに走り寄るルドランは、息を切らせている。
その後ろに、さっきのメイドの姿が見えた。
ルドランが戻らないタリアを心配してウロウロしていたら、誰かを呼びに出たメイドにばったり会ったというところだろうか。
ルドランはタリアを抱き起こすと、手早くタリアの腕の拘束を解いた。
汗が滲み、髪が崩れて前髪が目にかかっているその姿が何だか妙に色っぽくて、タリアはクスッと笑った。薬のせいできちんと笑えていたかはわからないが。
「だい……じょう……」
案の定、舌がもつれて上手く言葉にならなかったが、『薬を盛られたみたいで』何とかそう伝えると、ルドランからぶわっと殺気が吹き出した。
「奴はどこだ──っ!」
タリアがまだ痺れが残る指である壁際を指し示し、ルドランがそちらに目をやる。
そこには、さっき吹っ飛んだリュシーが仰向けに転がっていた。
鼻から血を流したリュシーは苦悶の表情を浮かべ、更に白目を剥いて、口から泡を吹いて気絶していた。
「「…………」」
二人はしばらく無言でその様子を見ていたが、ルドランがたまらずぶはっと吹き出した。
「全く君は──一度ならず二度までも。これじゃ騎士も形無しだな。ふふっ……だが、そんな君だから惚れたんだよ」
ルドランはタリアを胸に閉じ込めて、ぎゅっと力を込めた。
「ねぇ、タリア……ピンチに颯爽と駆けつけられない役立たずの騎士だけど、それでもまだ君の側にいてもいいかな?」
耳元で囁かれて、少しくすぐったさを感じながら、タリアは思った。
役立たずなんてそんなことはない。
こうして駆けつけてくれた。それがとても嬉しい。
もしタリアがリュシーを伸さなければ、ルドランが助け出してくれていたはずだ。
まだ舌を噛みそうで言葉を発することが出来ないタリアは、ただコクコクと頷いた。
彼の目が嬉しそうに細められる。
「ここ、赤くなってる──」
ルドランがタリアの額をするっとなでた。
リュシーの鼻にぶつけたところだろうか。
「…………」
ルドランは、愛しげにタリアを見つめた後、額に一つキスを落とした。
なんだか背中がゾクゾクするけれど、胸の中はぽわぽわする。
この先もこの人となら進んでいけるだろうと、そう思ったら……。
「──好き」
思わずぽろっとこぼれ落ちたその言葉に、ルドランは目を見張って、それから本当に嬉しそうにその赤い瞳を細めた。
「僕も大好きだよ、タリア──」
◇◇◇
メイドに警備の人間を呼びに行かせている間に、ルドランがリュシーに使用済みの薬瓶を握らせた。
彼曰く、自分こそが被害者だと言い逃れできないようにするためだそうだ。
ちなみにこの柑橘系の香りのする薬瓶は、リュシーの上着のポケットに入っていたものだ。
念のために、武器を所持していないか服装を改めたら、転がり落ちてきたのだ。
そのうち、騒ぎを聞きつけた客が部屋の前に集まり始めた。
ルドランに言われて、屋敷の警備を呼びに行ったはずのメイドは、何故か数人の騎士を連れ戻ってきた。
ルドランが今のタリアを誰にも見せたくないとこぼしたので、騎士たちが部屋になだれ込む直前に見物客に紛れて、こっそり二人は抜け出した。
◇◇◇
後日、ルドランに聞いた話だが、どうやら元々男爵邸にはパーティー当日、騎士団の強制調査が入る予定だったらしい。
男爵はいくつかの貴族と組んで、いくつもの犯罪を犯していた。
その内の一つが身寄りのない人間の誘拐で、今回タリアが飲んだ薬はその際に使われていた物とのこと。
彼らは慎重に誘拐対象を精査し、確実に身寄りのない者を選んで誘拐していたため、発覚がかなり遅れたそうだ。
ルドランが何日も欠勤していたのも、この調査で隣国へ行っていたためだった。
その甲斐あって、騎士団は男爵と繋がっていた隣国の奴隷商を捕まえた。
そして奴隷商を締め上げて証拠を手に入れた騎士団は、男爵と繋がりのある貴族を一網打尽にする機会を狙っていた。
「それが、今回のパーティーという訳なのね」
「うん」
それで、ルドランと顔見知りの客(要は潜入していた騎士団員)がやたらといたのか。
タリアは納得した。
そんなこととはつゆ知らず、友だちが多くて羨ましく思っていたなどとは、口が裂けても言えない。
ルドランが会場で、自分が騎士だということを頑なに明かさなかったのも、そのためだった。
身分を明かしてしまえば、勘の鋭い人間に気づかれてしまう恐れがある。
今回の事件を受けて、男爵家並びに彼に与していた貴族の家は軒並み取り潰しになった。
家族はバラバラになり、事件に関与していない女性や子どもは辺境にある修道院や孤児院などに送られることとなった。
リュシーの新しい恋人であるジュリアも、その例に漏れず。
ルドランが、彼女の報復を「これっぽちも心配ない」と断言していたのは、ここに起因するのだろう。
ちなみに、ルドランとデートで行った下町の怪しげな道具屋も、その誘拐に一役買っていたらしい。
店の仕入れを隠れ蓑に、隣国からの薬の調達や誘拐した人間の保管や運搬などを請け負っていたとのことだった。
「えっ……じゃあ、あれもデートじゃなくてもしかして捜査の一環だったの?」
「まぁね」
ルドランはバツが悪そうに頷いた。
「僕が店主と話している間に、裏口から忍び込んだ仲間が証拠を探し出してたんだ」
「もしかして他のお店も──?」
「いや、仕事だったのはあの店だけだから」
「えぇー……デートだと思って浮かれてた私が馬鹿みたい」
「いや、本当だってば!」
焦ったように言い訳をするルドランを見ながら、タリアはふふっと笑った。
(きっとあの日、近いうちに店がなくなること知ってたから、ペンダントを買ってくれたのね)
「そういえば、あの男の事だけど……」
「あ、待って!」
「?」
「もし、『あの男』がリュシーのことならもういいの。興味がないわ」
タリアがそう告げると、ルドランは「そうか」とだけ返した。
タリアにとってそれは、あの時にもう全て終わったことだった。
安堵するにしても後悔するにしても、この先を聞いてしまえば再び彼への想いに囚われてしまうだろうから。
彼の物語はもう、タリアとは交わることはないだろう。
でもどうか。
彼が少しは幸せを感じられる物語でありますように。
そしてタリアは、これから新しい物語を紡いでいくことになるのだろう。
隣で微笑む赤い目の男を愛しそうに見つめて、タリアは囁いた。
「ねぇ、大好きよルドラン」
「僕も、愛してるよ、タリア」
ほら、こうして──。
(完)
お読みくださりありがとうございました!
もしよろしければご感想など頂けましたら嬉しいです♪
0
お気に入りに追加
197
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
安らかにお眠りください
くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。
※突然残酷な描写が入ります。
※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。
※小説家になろう様へも投稿しています。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
主人公がメンタルもフィジカルも強くて安心して読めて良かった。
ヘンにメソメソグジグジする事も無く、守られっぱなしでも無い女性は最高!
自らざまあ!してこそ女主人公のざまあは輝くと思うんですよね。
元カレに同情はしないけど、家庭環境がアレで兄二人が最悪だったから、実家にも罰が下ると良いなぁとは思う。
あましょく様♪
読了並びにご感想ありがとうございます!
物理的に強いヒロイン、お好きですか? お仲間がいてくださって嬉しいです!
ヒロインを強くしてしまうと、もれなくヒーローがちょっとヘタレてしまうのが難点なのですが(笑)。
温かいお言葉のおかげで、次の強いヒロインを書く意欲が湧いてきました!
ちなみに、元カレの実家の兄たちは、カレのやらかしのせいで相当な苦境に立たされる羽目になると思います。
商売はなんと言っても信用第一ですからね。禁制の薬を使ったり、奴隷な商売に関係した人物がいる商会なんて、きっと誰も利用したいと思いませんよね。兄たちが誠実な商売をしていれば、そこから盛り返すことも出来たかもしれませんが、家族を虐待しているような人間ですから、そこは推して知るべしですね。
強い女の子って好きです!面白かったです。ありがとうございます
ぽよ様♪
読了並びにご感想ありがとうございます!
強い女の子、いいですよね! 私も大好きです♪
面白かったと言ってくださりとても嬉しいです!こちらこそありがとうございました٩(ˊᗜˋ*)و
面白かったです!最後、リュシーが気になりはしますが(笑)
Ruki様♪
読了並びにご感想ありがとうございます!
面白かったと言っていただけてめちゃくちゃ嬉しいです(*^^*)
リュシーくんのその後は……とにかく男爵一味として捕らえられましたので、それなりの刑は課せられたことでしょう。
そして、あの一撃のおかげで、二度と浮気ができないような身体になってしまったとかならなかったとか……(笑)