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(27)時すでに遅く
しおりを挟む(まさか、あなたが薬を──どうして……?)
「お前は俺のものだ」
リュシーはじりじりとタリアへ近づいた。
一度殴られたから警戒してるのだろうか。
十分タリアの側へ近づいたリュシーは、どこからか取り出した布切れをこじ開けたタリアの口へ素早く突っ込んだ。
そうして、タリアが一切抵抗できないことがわかると、タリアを長椅子に押し倒して上からのしかかった。
(ちょっと何するのよ!? ただでさえ苦しいのに、こんなことされたら死んじゃう!)
口に布を突っ込まれて声も出せないし、苦しい。
「あの薬、よく効くだろう? 手に入れるのに苦労したんだ」
やはり、薬を盛ったのはリュシーだった。
一瞬、メイドもグルだったのかと思ったが、すぐさま否定する。
あのメイドは本気でタリアの心配をしていた。きっと、リュシーにいいように使われただけだろう。
商会の三男坊が苦労して手に入れるほどの薬ならば、国でも取引が禁止されている薬物の可能性が高い。
危険な薬なのだろう。
リュシーはタリアに復讐でもするつもりなのだろうか。
「こうなると、さすがのお前も抵抗できないみたいだな」
顔に力が入らないから、睨むことさえできない。
タリアの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「悔しいのか──?」
それを目にしたリュシーは、口元を歪めて笑った。
(ほんっとに……何て馬鹿なの──?)
何年も一緒にいたリュシー。
恋人としての愛情はすっかり消えてしまっていたが、それでもさっきまでは家族のような情が残っていた。
浮気者でも、彼が選んだのがいけ好かないマウント女でも。
彼に幸せになって欲しいと言ったのは、間違いなくタリアの本心からの願いだった。
だのに。
何度タリアを失望させれば気が済むのだろう。
今リュシーは、その家族の情さえ粉々に砕こうとしている──いや、もう既に砕け散ってしまった。
抵抗しようにも、身体が動かない。
ただ、さっきの呼吸法を試したおかげで、少しは痺れが取れてきている。
そのことがタリアに僅かな希望を与えていた。
しかし、まだリュシーを跳ね除けるほどの力は出ない。
そもそも男の力で押さえつけられているのだ。力が戻ったとして跳ね除けられるだろうか。
(もしかしてこれ、絶体絶命の大ピンチじゃないの?)
「ああ、本当にいい気分だ」
自分の身体の下で涙を流すタリアを見て、リュシーはすっかり愉悦に浸っていた。
それを見たタリアの頭がすうっと冷えていく。
これはあの時と同じだ。
話が通じない輩を説得するのは、どだい無理な話なのだと悟ったあの時と──。
「半日ほど動けなくなるが、副作用はないらしいから安心してもいい。外国の奴隷商が、商品を調達するために使われる薬らしいから、効果は確かだよ」
安心などできるはずがない。
リュシーはタリアに馬乗りになったまま、彼女を横に向け後ろ手に縛り上げた。
「誰も知らない場所があるんだ」
縛りながら楽しそうに目を細めるリュシー。
「僕と一緒にそこへ行こう。そこなら、誰の邪魔も入らない。ずっと二人きりでいられる──嬉しいだろう、タリア?」
嬉しいものか。
だが、口を布で塞がれているため、その言葉は音にならずに消えていく。
「僕の世界にはお前しか要らない。お前の世界に必要なのも僕だけでいい」
今さら、何なのだろう。
よそ見をしたのはリュシーの方なのに。
どの口でそれを言うのか。
何を言ってもタリアからの反論がないことに満足したのか、リュシーは嬉しそうに笑いながらタリアの頬に手を伸ばした。
「ああ、お前は──……」
(今だっ!!!!)
何かを呟きながら、リュシーが顔を近づけてきたその瞬間、タリアは渾身の力で頭をぶつけた。
その鼻っ柱に。
リュシーが長々としゃべっているその間も、苦しいながらに浄化の呼吸を行っていたのだ。
そのおかげか、わずかながら身体の自由が戻ってきた。
鼻は、生き物の弱点だと聞いたことがある。野生の獣に出会ったら鼻を殴れと祖父が言っていた。
──ガツンッ!!!!
と、ものすごい音がした。
もしかしたらちょっとだけボキッとも聞こえたかもしれない。
「ぐぁぁぁあっっ!!!」
リュシーが大きく仰け反って、身体がふっと軽くなる。
(あ、足も動きそう──!)
タリアは膝を手前に引くと反動をつけて、リュシーの急所──要は股の間を思い切りかかとで蹴りつけた、というか踏み抜いた。
もちろんこれも、祖父直伝の護身術の一環だ。
「ぎゃああああ──っ!!」
凄まじい断末魔をあげて、リュシーが吹っ飛ぶ。
この光景を見るのは二度目だろうか。
タリアは、壁際で白目を剥いて倒れているリュシーを冷めた目で見つめる。
力の加減ができなかったが、これでもしリュシーの男性機能がダメになったとしても、自業自得だろう。
もはや、一片の同情心すら湧いてこなかった。
「──タリア! タリア、そこにいるのかっ?!」
焦ったような声とドアをガチャガチャとする音が聞こえてくる。
まだ、起き上がるほどの力は戻っていない。
口の奥に詰め込まれた布の塊を、何とか舌で押しだした。
「ルド……ラン……」
やっとのことで捻り出した声は、酷く掠れていていた。
「タリアかっ!?」
囁き声ほどの大きさしかないその音が、聞こえたはずがない。
しかし、自分を呼ぶその声が一段と大きくなる。
すぐに、扉に何かを打ち付ける音が響いたと思うと、鬼のような形相をしたルドランが扉を蹴破って入ってきた。
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