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(26)独占と執着
しおりを挟む「やっぱりそれは嫌だなぁ……」
このモヤモヤした気持ちは独占欲だろうか、執着心だろうか、それとも──。
(これは、ヤキモチ──なのかな?)
自分の気持ちが、自分でもわからない。
このモヤモヤが、自分のものを取られたくないという独占欲からくるものならば、子どもと一緒ではないか。
好きか嫌いかと問われれば、好き、だ。
しかし、タリアのその『好き』は、はたしてルドランのそれと同じ好きだろうか?
考えれば考えるほど、よくわからなくなる。
「──でも、そろそろ戻らなきゃね」
タリアの相方は今頃、なかなか帰ってこない彼女を心配しているだろう。そんな彼の様子を思い浮かべて、彼女は苦笑した。
会場であのギラギラとした視線を浴びているだけでも、体力がガンガンに削られていく。
できることならば戻りたくはないが、彼を連れてきたのはタリアだ。
タリアには、彼の身の安全を守る義務がある。
タリアが側にいないこの機会を、肉食獣たちが逃すはずもなく、今頃はお嬢様方に囲まれているに違いない。
「あぁ……戻りたくない……肉食獣、ほんと怖い……」
──コンコン。
タリアが椅子から腰を浮かせたその時、扉をノックする音が聞こえた。
「あ、はい! すみません、今出ます!」
そうだ。
すっかり化粧室を占領してしまっていたが、他にも使いたい人がいるだろう。
そう思ってタリアが、扉を開けて一言謝ろうとしたら──。
「お客様、大丈夫ですか? ご気分が優れませんか?」
心配そうな顔を覗かせたのは、先ほどここまでの案内を頼んだメイドだった。
「あ、だ、大丈夫です!」
「顔色が悪いようでしたので、様子を見てくるようにと言付かりまして……口直しにお水をお持ちしましたので、よろしければどうぞ」
さっと差し出された銀の盆の上に、水の入ったグラスが置かれていた。
「すみません、助かります」
タリアはお礼を言って、グラスを手に取った。
その瞬間、ふわっと香ったのは柑橘系の香り。
(レモン水かしら?)
ただの水にも香りがついているなんて、貴族っぽい。
タリアは変な感心をしながら水を一口飲んだ。
「ひっ! 何これ、にがい!」
思わず顔をしかめる。
「えっ……も、申し訳ございません! 水だと言われお持ちしたのですが、何か手違いがあったかもしれません。すぐに新しい水をお持ちします!」
メイドの顔がさぁっと青ざめる。
「あー、んー……少し喉がイガイガするけど大丈夫。多分大丈夫ですよ。お気になさらず」
すみません、すみませんと、エンドレスで頭を下げている女性の姿を見て、決まりが悪くなる。
そもそも貴族じゃない自分は、こんな風に頭を下げられる身分ではないのだし。
「そろそろ会場に戻ろうと思っていたので、声をかけて下さって助かりました」
「本当にすみませんでした……会場までご案内しましょうか?」
「だ、だいじょうぶ。ぜんっぜんっだいじょうぶです」
(あれっ……?)
おかしい。
イガイガするだけではなく、何だか喉に力が入らない。
舌ももつれるのだ。
「あ゛ー……」
「お客様、やっぱり顔色悪いです! 誰か呼んできます!」
焦ったメイドがバタバタと化粧室から出て行くのが聞こえた。
「はっ……はっ……」
声が出ないばかりか、そのうち呼吸すらしづらくなってきて、焦るタリア。
立ち上がらなければと思っても、身体中がしびれて力が入らない。
腕どころか、指の一本も持ち上がらない。
(息がくるし……何これ……どういう状態?)
浅い呼吸を繰り返すタリア。
突然身体を襲った症状に動揺するが、思考は自由にできるようだ。
(まず、落ち着いて……)
痺れのせいで自由に身体が動かせないだけで、幸いまだ命の危険は感じない。
恐らく、というか十中八九メイドが持ってきたあの水が原因だろう。
故意か事故かわからないが、あの中に何か良くないものが混ざっていたのだ。
呼吸がしづらいのも、混入した何らかの成分もしくは薬物によるのだろう。
しばらく浅い呼吸を繰り返していたタリアは、やがて細切れに空気を吸い込み始めた。
(たくさん吸って……吐いて……)
昔、祖父が言っていたのだ。人間の身体にはある程度の毒ならば、浄化できる力があるのだと。
ただ、普段はその力の大部分が眠っているからできないだけで。
タリアの祖父は戦場にいた経験があるらしく、毒矢を受けた時に対処するあれこれを話してもらったことがある。
毒を盛る予定も盛られる予定もなかったタリアは、その時は話半分に聞いていたのだが。
(お腹の辺りに〝気〟を溜めるんだっけ……)
藁をもすがる思いで目を閉じて集中すると、お腹の辺りに熱を持っている場所が感じられた。
多分そこが祖父の言っていた『毒を浄化する力の源』なのだろう。
全身の血液をなるべくそこへ送り込むように、ゆっくりとした呼吸を意識して繰り返す。
──ガチャ。
タリアが目を閉じてその動作を繰り返していると、入口の方でドアを開ける音がした。
走り去ったあのメイドが医者でも呼んできたのだろうか?
「タリア」
(──ルドラン……? ううん、この声は……)
──カチャッ。
鍵を閉める音──?
「お前が悪いんだからな」
(ああ、この声はリュシー──……)
今や鉛より重い、目蓋を押し開ける。
果たしてそこに立っていたのはリュシーだった。
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