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(24)二股のレッテル
しおりを挟む「ちょっと!!!!」
ものすごく注目を浴びている。
正直言うと、このセリフの前からやり直したい……だが、今更後には引けない。
「な、何よ……?」
反論が来るとは思わなかったのか、ジュリアは少し狼狽えて構えた。
「私は二股なんてかけてないわよ? それに、ルドランを遊び相手にするだなんて、とんだ侮辱だわ!」
「あら、だってその男、どう見てもこの前の役場の男とは……」
「その役場の男と同一人物ですよ、お嬢さん?」
ルドランはニヤッと笑いながら、オールバックにしてある前髪を下ろして見せた。
印象的な赤い瞳が隠れると、驚くほど見た目が地味になる。この前との違いは前髪のサラサラ度くらいだろうか。
ジュリアが再度驚愕し、目を見開きすぎてこぼれ落ちんばかりになっていた。
(あ、前髪はカチカチに固まってるわけじゃないのね……)
タリアが思ったのはそんな的外れな感想で──。
「そ、そんな……そんなの詐欺じゃない!?」
何やら叫んでいるが、彼女が勝手に勘違いしただけであって、ルドランには騙そうという意志がなかったので別に詐欺ではない。
まぁ、気持ちはわかる。
タリアも同じように勝手に騙されてしまったクチだから。
「ふ、ふん! 平民同士でお似合いだわ!」
(隣にいるリュシーも、今あなたが馬鹿にしてる平民なんですけどね……)
リュシーは唇を強く噛んでいて、何かに耐えているかのように見える。かと思うと射殺すような視線でルドランを睨みつけていたりした。
ジュリアはといえば、チラチラとリュシーの方を見やっては表情を曇らせている。
ふと、タリアは思った。
ジュリアは、自分に自信がないのではないだろうか。
そう考えると、彼女の色々な行動に得心がいく。
タリアをとことん貶して蔑まなければ不安なのだ。リュシーの元カノは、必ず自分より劣っていなければならない。そうでなければ、リュシーは自分を選ばないかもしれない。
そんな不安に苛まれているのだ。
他人を貶めることでしか自分の価値をあげられない人間、それはどこにでもいる。
哀れなこの女はそっち側の人間なのだ。そう思うと不思議と腹も立たなくなった。
「じゃ、じゃあ! わたくしの婚約者であるリュシーにも手を出していたのも、知ってるのかしら?」
(あぁ……あえてその話を避けたのに──)
タリアが手を出していたということは、出された方のリュシーも浮気をしていたということになる。
しかも、この女は衆人環視の中でそれを公言したことになる。
自分以外の平民女と浮気していたというレッテルを、己の婚約者だというリュシーに貼り付けたのだ、今。
「──タリアは」
「──私っ」
タリアは思わずルドランの言葉を遮って、前に出た。
大丈夫──今のタリアならばきっと、言いたいことがちゃんと言える。
乙女の標準装備とはよく言ったものだ。
メイドさんが締め上げてくれたコルセットのおかげで背中を丸めたりできない。
顔を上げ、真っ直ぐにジュリアの目を見つめる。
「私が、リュシーと恋人だったのは事実よ」
「ほら! ほらね、この女は人の婚約者をたぶらかすような人間なのよ?」
「──でも、それは昔の話だわ。もう別れたもの。それに、リュシーが私と浮気していたというのなら。あなたと私で二股をかけていたのはリュシーの方でしょう?」
「な……っ?! リュシーはそんなことしないわよ! この嘘つき女っ!」
「嘘つきでも何とでも呼ぶといいわ。
私がいくら言葉を尽くして説明をしても、あなたはきっと信じないのでしょう?
私は、私を知ってくれている人たちが、わかっていてくれさえすればそれでいいもの。
だから私は、ルドランやマデリーンや行きつけのパン屋のおばちゃんや居酒屋のおじさんや……彼らが知ってさえいてくれればそれでいいの。あなたにどう思われようと何を言われようと気にしないわ」
タリアが一気に言い切ると、しばらくぽかんと口を開けてそれを見ていたジュリアがその口元を歪めた。
「ふんっ! そんな綺麗ごと言えるのも今のうちだけよ。町にもあなたの悪い噂が広まったら、そんなこと言っていられなくなるわね、ふふっ。 表面上しか見ない人間は多いわ。もし、そうなったら──あなたの周りの人間の何人が信じてくれるかしらね? きっと、あの小汚い町役場にさえいられなくなってよ?」
まるで、それが決定事項のように。
「ああ、そうだわ! パパにお願いして、いっそあの汚い町役場をつぶしてしまうのはどうかしら? 平民のための施設なんて存在していても仕方ないもの。クビになった役場の人間は、さぞかしあなたを恨むでしょうね!」
いい気味だとでも言うように、クスクス笑いながらジュリアは言った。
その話を聞いて、タリアの顔から急速に血の気が引く。
いくら貴族でも、そんなことできやしないと思っても、貴族の力がどれほどのものなのかタリアは知らない。
もし、タリアのせいで一緒に働いている同僚たちが職を失い路頭に迷うことになったら──家族を養っている者もいるのに──そんなこと、考えるだけでぞっとする。
タリアが青くなっていると、ふと温かいものが手に触れる──それは、ルドランの手だった。
隣を見上げれば、前髪を下ろした見慣れた姿のルドランが微かに笑っていた。
──それでも大丈夫。味方はここにいる。
ルドランはいてくれる。タリアを信じてくれる。
触れた手の温かさがそれを物語っている。その温かさはゆっくりとタリアの中心まで伝わって。
じん、と胸が熱くなる。
「それでも。私を信じてくれる人が一人しかいないとしても──一人でもいるなら、それでいいわ」
信じてくれる人はいる。ここに。隣に。タリアもそれを信じられる。
「…………っ!!!」
「あなたは信じられるの? 隣の彼のことを」
「は? 何言ってるのよ?」
「あなたが私からリュシーを奪ったんだとしても──いいえ、もうそのことはどうでもいい。だって、私から手放したんだもの。ただ、二股をかけていたような男を、これから先もずっと信じられるのかって聞いてるの」
「な、何を言って──」
「私はもう信じられないわ。だからリュシーのことなら遠慮せず受け取ってくれたらいいのよ。熨斗つけて差し上げるから」
「──……っ!!?」
「私が言いたいことはそれだけよ。行きましょ、ルドラン」
「ああ、行こうか」
ルドランは、繋いでいたタリアの手を自分の腕に絡め直すと、前髪をかきあげた。
再び露わになった赤い瞳は、楽しそうに細められている。
くるりと踵を返し、その場を後にする──途中でタリアは足を止め、振り返って言った。
「あぁ、そうだ。これでも私、今幸せなの。だからあなたたちもどうかお幸せに」
艶然と微笑み、ふふんと鼻を鳴らして言ってやった。
もう、タリアの幸せにリュシーは必要ない。
呆気に取られているジュリアたちを置き去りにし、タリアは去った。
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