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(23)ジュリア
しおりを挟む「本日はお招きありがとうございます」
「ありがとうございます」
ルドランに連れられて来た男爵夫妻の前で、彼にならってお辞儀をする。
幸いと言うべきか、招待状を渡した本人は少し離れたところにいて、タリアたちには気づいていなかった。
アルコールが入ってご機嫌の様子の男爵は、にこやかに応えた。
「ああ……えーっと、君たちは……」
「──お嬢さまに招待して頂きました」
「ああ!あの娘の客か──まぁ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
そつなく挨拶をこなすルドランは、どこからどう見ても貴族の青年だ。
そして、言いたくないところを上手く誤魔化している。どういう事情の客かとか、名前を聞かれたらいい顔をされなかったに違いない。
その点、娘が独断で招いた客ならば、顔に見覚えがなかったり名前がわからなかったりしてもあまり問題ないだろう。
男爵の隣でワインを傾けている夫人は、胡散臭げに二人を見ていたが、挨拶の最後にルドランがニコッと営業スマイルすると、途端にぽーっとなっていた。
はい、チョロい人一人追加~!
自分だけじゃなかった、チョロい人。
タリアはルドランに気づかれないようにそっと、胸をなでおろした。
「ちょっと! あなたたち待ちなさいよ!」
男爵夫妻の前を辞し、壁際に戻ったところでキンキン声が響いた。
「私の客だそうだけど、あなたたちなんて呼んだ覚えなくてよ?」
振り返るとそこにいたのは、いつかのマウント女ジュリアだった。
さすが主催者の娘というべきか、彼女はこれでもかと着飾っている。
下地のドレスは白系のようだが、高級そうなピンクのシフォンを何重にも重ねているため、淡いピンクのドレスに見える。
そのシフォン生地の上には光を受けてキラキラ反射する宝石のビーズが縫い付けられているし、胸元を飾っている緻密なレースは、それだけでもタリアの一ヶ月の給料を上回る可能性がある。
髪飾りについている宝石はもっと大きい。
きっと、これぞ煌びやかな場所に相応しい装いなのだろう。
(リュシー──……)
しかし、タリアの目はジュリアへは向いていなかった。彼女の隣に同じように正装をしたリュシーが立っていたからだ。
久しぶりに見るリュシーは、相変わらず綺麗な顔をしていたが、何だか目が虚ろで精彩に欠けている気がする。
(何かあったのかしら──?)
その原因が自分だとはつゆほども思ってないタリアは首を傾げた。
別れたとはいえ、元は恋人同士だったのだ。相手の体調が悪ければ心配にはなる。
「招待状ならありますよ」
ルドランが、懐から招待状を取り出して、ジュリアに見せた。
「あら……えっ……」
不審そうに招待状を吟味していたジュリアが、驚きの声をあげる。
「そんな……嘘でしょ?! あなた、あのタリアなの──? いいえ、きっと代役を立てたのね。だって、ただの町娘がマダムのドレスを着られるわけがないもの。怖気付いて逃げ出したんだわ」
その瞬間、リュシーの表情も変わった。
まず、驚きに目をみはって、次に苛立ちに眉をしかめながら憎々しげに呟いた。
「タリア──なのか……」
「違うわよ、リュシー! よく見て! この女はタリアじゃなくて代役の女よ」
「いや、あいつがタリアだよ、間違いなく」
さっきまでは興味なさげだったのに、タリアを本人と断言して凝視している。
「どういうことなのよ? 私が役場で会った平民女はもっと垢抜けないダサい女だったのに、まるで別人じゃないの! ──しかも、何で平民がマダムのドレスなんて着てるのよ?!」
(まるで別人なのには同意するけど──メイドさんたちの力作ですから!)
つかつかと胸ぐらでもつかみそうな勢いでジュリアが迫ってくると、ルドランがさっとタリアを背に庇った。
「そこを退きなさいよっ!」
「いいえ、退けません」
ジュリアはキッと睨めつけるが、ルドランに臆する様子は見られない。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「──そう。では、あなたは知ってるのかしら?」
「何をでしょう?」
「そこの女は、二股をかけるのが趣味の節操のない女だってことを──ひょっとしてご存知ないのかしら?」
壁際とはいえ、これだけ騒いでいれば当然だが段々と人の目が集まってきた。中には『二股?』『平民だって?』などという声が聞こえる。
ああ、貴族は大の噂好きなんだってマデリーンが言ってたっけ。
「二股なんてしてない……」
そう呟くタリアの声は、ざわめきにかき消されてしまった。
「つい先日まで、違う男性とパーティーに参加する約束をしてたわよ、彼女?
あなたと違って、随分と冴えない男だったけど。いい男を見つけたから乗り換えることにしたんだわ! パーティーに連れていくにも、見映えのする男の方がいいに決まってるものね。
でも、あなたにこんな尻軽女は勿体ないと思うの。大方、あなたもこの女の大人しそうな顔に騙されたんでしょ?
もしよければ、わたくしの友人を紹介してあげてもよくてよ? その顔なら、身分が低くても遊び相手として──……」
相変わらず 頭にキンキンと響く声で、のべつまくなしにしゃべる。
それに、今なんと言っただろうか。
ルドランを貴族の遊び相手にあてがうなど──馬鹿にしている。
これ以上、侮辱するのは許せない。
「ちょっと!!!!」
しまった。思ったより語勢が強くなってしまった。
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