24 / 29
(23)ジュリア
しおりを挟む「本日はお招きありがとうございます」
「ありがとうございます」
ルドランに連れられて来た男爵夫妻の前で、彼にならってお辞儀をする。
幸いと言うべきか、招待状を渡した本人は少し離れたところにいて、タリアたちには気づいていなかった。
アルコールが入ってご機嫌の様子の男爵は、にこやかに応えた。
「ああ……えーっと、君たちは……」
「──お嬢さまに招待して頂きました」
「ああ!あの娘の客か──まぁ、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
そつなく挨拶をこなすルドランは、どこからどう見ても貴族の青年だ。
そして、言いたくないところを上手く誤魔化している。どういう事情の客かとか、名前を聞かれたらいい顔をされなかったに違いない。
その点、娘が独断で招いた客ならば、顔に見覚えがなかったり名前がわからなかったりしてもあまり問題ないだろう。
男爵の隣でワインを傾けている夫人は、胡散臭げに二人を見ていたが、挨拶の最後にルドランがニコッと営業スマイルすると、途端にぽーっとなっていた。
はい、チョロい人一人追加~!
自分だけじゃなかった、チョロい人。
タリアはルドランに気づかれないようにそっと、胸をなでおろした。
「ちょっと! あなたたち待ちなさいよ!」
男爵夫妻の前を辞し、壁際に戻ったところでキンキン声が響いた。
「私の客だそうだけど、あなたたちなんて呼んだ覚えなくてよ?」
振り返るとそこにいたのは、いつかのマウント女ジュリアだった。
さすが主催者の娘というべきか、彼女はこれでもかと着飾っている。
下地のドレスは白系のようだが、高級そうなピンクのシフォンを何重にも重ねているため、淡いピンクのドレスに見える。
そのシフォン生地の上には光を受けてキラキラ反射する宝石のビーズが縫い付けられているし、胸元を飾っている緻密なレースは、それだけでもタリアの一ヶ月の給料を上回る可能性がある。
髪飾りについている宝石はもっと大きい。
きっと、これぞ煌びやかな場所に相応しい装いなのだろう。
(リュシー──……)
しかし、タリアの目はジュリアへは向いていなかった。彼女の隣に同じように正装をしたリュシーが立っていたからだ。
久しぶりに見るリュシーは、相変わらず綺麗な顔をしていたが、何だか目が虚ろで精彩に欠けている気がする。
(何かあったのかしら──?)
その原因が自分だとはつゆほども思ってないタリアは首を傾げた。
別れたとはいえ、元は恋人同士だったのだ。相手の体調が悪ければ心配にはなる。
「招待状ならありますよ」
ルドランが、懐から招待状を取り出して、ジュリアに見せた。
「あら……えっ……」
不審そうに招待状を吟味していたジュリアが、驚きの声をあげる。
「そんな……嘘でしょ?! あなた、あのタリアなの──? いいえ、きっと代役を立てたのね。だって、ただの町娘がマダムのドレスを着られるわけがないもの。怖気付いて逃げ出したんだわ」
その瞬間、リュシーの表情も変わった。
まず、驚きに目をみはって、次に苛立ちに眉をしかめながら憎々しげに呟いた。
「タリア──なのか……」
「違うわよ、リュシー! よく見て! この女はタリアじゃなくて代役の女よ」
「いや、あいつがタリアだよ、間違いなく」
さっきまでは興味なさげだったのに、タリアを本人と断言して凝視している。
「どういうことなのよ? 私が役場で会った平民女はもっと垢抜けないダサい女だったのに、まるで別人じゃないの! ──しかも、何で平民がマダムのドレスなんて着てるのよ?!」
(まるで別人なのには同意するけど──メイドさんたちの力作ですから!)
つかつかと胸ぐらでもつかみそうな勢いでジュリアが迫ってくると、ルドランがさっとタリアを背に庇った。
「そこを退きなさいよっ!」
「いいえ、退けません」
ジュリアはキッと睨めつけるが、ルドランに臆する様子は見られない。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「──そう。では、あなたは知ってるのかしら?」
「何をでしょう?」
「そこの女は、二股をかけるのが趣味の節操のない女だってことを──ひょっとしてご存知ないのかしら?」
壁際とはいえ、これだけ騒いでいれば当然だが段々と人の目が集まってきた。中には『二股?』『平民だって?』などという声が聞こえる。
ああ、貴族は大の噂好きなんだってマデリーンが言ってたっけ。
「二股なんてしてない……」
そう呟くタリアの声は、ざわめきにかき消されてしまった。
「つい先日まで、違う男性とパーティーに参加する約束をしてたわよ、彼女?
あなたと違って、随分と冴えない男だったけど。いい男を見つけたから乗り換えることにしたんだわ! パーティーに連れていくにも、見映えのする男の方がいいに決まってるものね。
でも、あなたにこんな尻軽女は勿体ないと思うの。大方、あなたもこの女の大人しそうな顔に騙されたんでしょ?
もしよければ、わたくしの友人を紹介してあげてもよくてよ? その顔なら、身分が低くても遊び相手として──……」
相変わらず 頭にキンキンと響く声で、のべつまくなしにしゃべる。
それに、今なんと言っただろうか。
ルドランを貴族の遊び相手にあてがうなど──馬鹿にしている。
これ以上、侮辱するのは許せない。
「ちょっと!!!!」
しまった。思ったより語勢が強くなってしまった。
10
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?
イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える――
「ふしだら」と汚名を着せられた母。
その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。
歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。
――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語――
旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません
他サイトにも投稿。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

[完結]アタンなんなのって私は私ですが?
シマ
恋愛
私は、ルルーシュ・アーデン男爵令嬢です。底辺の貴族の上、天災で主要産業である農業に大打撃を受けて貧乏な我が家。
我が家は建て直しに家族全員、奔走していたのですが、やっと領地が落ちついて半年振りに学園に登校すると、いきなり婚約破棄だと叫ばれました。
……嫌がらせ?嫉妬?私が貴女に?
さっきから叫ばれておりますが、そもそも貴女の隣の男性は、婚約者じゃありませんけど?
私の婚約者は……
完結保証 本編7話+その後1話
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中

悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる