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(22)恋人未満の立場
しおりを挟むタリアはにこやかな仮面を張りつけた状態で、内心は酷く縮こまっていた。
男爵邸の広間には、煌びやかに着飾った貴族たちがひしめき合っていた。
平民であるタリアの知り合いは、誰一人としていないに違いない。
それに、何だかさっきからみんながこっちを見てヒソヒソしている気がするのだ。立派なドレスを着ていても、中身は平民女だとバレているのかもしれない。
急に不安になったタリアは、腕を預けているルドランの方を見た。
ルドランはそんなタリアに気づいて、柔らかい笑みを返してくれた。
「どうした?」
「私、やっぱり場違いじゃないかしら……何だかジロジロ見られてる気がするんだけど」
「ああ、見られているのは君が思ってるような理由じゃないから大丈夫だよ。馬車の中でも言っただろう? 貴族なんて八割くらいはったりだから、胸を張って堂々としてたら大丈夫だ……まぁ、だけど……」
「……?」
「今のタリアはまるで深窓のご令嬢みたいだからね。みんな、どこの誰か気になってるんだと思う」
「ご令嬢なんかじゃないのに……」
「ホンモノかどうかなんて、誰にもわからないさ。だから堂々として笑って」
つんっと額を指でつかれてちょっとだけ仰け反る。
「ねぇ、ルドラン。できるだけ側にいてね……」
「ああ、もちろん」
心細くて、つい震え声になってしまった。何なら涙目かもしれない。
天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっているし、テーブルの上には見たことがないようなカラフルな料理が並んでいる。
美味しそうではあるが、胸が苦しくてとてもじゃないが食べられそうな気がしない……というよりも、何だか生きた心地がしない。
締め上げたコルセットのせいだけじゃないと思う。
これはもう、完全に別の世界の何かだ。
何故あの時招待状を受け取ってしまったのだろう。後悔先に立たずをこんな時に実感することになるとは。
改めて、自分の無謀さを噛みしめるタリア。
それに、豪華なこのドレスは重くて動きづらい。軽やかに動き回るメイドさんの軽装の羨ましいこと!
三男とはいえ貴族のルドランは、ちょこちょこと見知った顔がいるのか声をかけられて立ち止まった。頭は下げなくていいと言われていたから、ひきつる頬を気合いで抑えて微笑んだ。
ルドランの知り合いに関して言えば、あまり貴族っぽくはなかった。どうやら同じような騎士団の仲間らしく、ルドランと同じ三男や次男などが多いそうだ。
彼らはとても気さくな感じでタリアにも声をかけてくる。
ルドランもにこやかに対応している──と、思う。
「ルドラン! お前が女連れなんて珍しいな。ひょっとして彼女か? こんな美人連れてくるなんて、お前も隅に置けないな!」
「いえ、違います、アスター先輩」
(え……まぁ、まだ彼女ではないけれど)
ルドランの否定の言葉に、自分が落ち込んでいる事実に気づいてびっくりだった。待ったをかけているのは自分の方のくせに、だ。
そして、美人なのはウェイゴールド家のメイドの皆様が苦心した成果である。会心の出来である。バサバサのつけまつ毛やアイラインのおかげで、目も普段の1.2倍ほどは大きく見える(タリア比)。
「彼女じゃないなら、オレがダンスに誘ってもいいかな?」
赤毛の男性がにっこりと微笑みながら、タリアに手を伸ばしてくる。タリアは思わずルドランの服の端をキュッと掴んだ。
(いやいやいや! ダンスは無理! 無理だから!)
パーティーに参加するのも初めてのタリアに、ダンスなどできるわけがない。
「ダメです」
ルドランがにこやかに、男性の腕をパシッと払い除けた。
「えぇー、何でだよ。彼女じゃないならいいだろ?」
「今、求愛中なんです。そして、絶対に僕が射止めますから先輩の番は回ってきませんよ」
「えっ? まさかルドランを袖にするような女性がいるのか?!」
「求愛中だと言ったでしょう? 現在進行形なんです! まだ袖にされてませんから!」
「…………」
そのやり取りが恥ずかしい。せっかく治まっていたのに、また顔がかぁーっと熱くなる。
「ねぇ、お嬢さん。こいつに愛想尽かしたら俺のとこにおいでよ」
「一生行かなくていいよ」
「お嬢さん、お名前は?」
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何と言えば正解なのかわからなくて、愛想笑いをはりつける。
「タリア、もう行こう」
「は、はいっ」
「ふうん。タリアちゃんね。俺、デューク・アスター! よろしくねぇ~!」
すぐに、ちっという舌打ちが聞こえる。
「あの先輩、女癖悪いから絶ッ対近づかないように!」
タリアは腕を引っ張られながら、コクコクと頷いた。
「さて、先輩で肩ならしも終わったところで、最大の難敵に挑むとするか」
「難敵……?」
「タリアはこのパーティーに呼ばれた意味わかってない?」
「意味? マデリーンが、奪った元カレ見せびらかしてマウントを取りたいだけだって言ってたけど……」
「まぁ、そうだよね。あとは、男の方にもキッパリと諦めさせるためだろうな」
「男って、リュシーのこと?」
「ああ。癪だけど、あの男の気持ちはまだタリアにあるみたいだからね。だから、君を嘲笑うついでに、男にも牽制をかけるつもりだと思うよ」
「ないない。自分を殴った女となんて、普通話したくもないでしょ……ルドランがいない間も来なかったわよ、あの人」
「──僕なら惚れ直すけどなぁ?」
「……っ?! それはっ! ルドランがおかしいのよ! マゾっ気あるんじゃないの?」
「はははっ。タリア限定だけどね。まぁ、パーティーに来たらとりあえず主催者に挨拶するのがマナーだから、行こうか」
「う、うん……」
気乗りはしないが、マナーならば仕方がない。
タリアは陰鬱な気持ちになるのを抑えきれないまま、頷いた。
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