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(21)不名誉なあだ名
しおりを挟むルドランは苦笑しながら話を続けた。
「タリアはさ、自分が職場でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「えっ……」
「『受付の冷徹姫』」
「はぁっ?! 何その恥ずかしい呼び名っ?!」
思わぬ話を聞かされて、思わずタリアは立ち上がりかけた。
「タリアは知らないかもしれないけど、職場では結構人気があるんだよ。でも、食事に誘おうと思ってもつれない態度で即却下、もしくは誘いの言葉さえ掛けさせて貰えず玉砕するからなんだってさ」
「そんな……だって、付き合ってる人がいたんだから断るのが普通でしょう?」
「そうはいってもさ、男心は複雑なんだよな。結果的に断られるんだとしても、そこまでのプロセスが大事というか……」
「え……結局断るのにプロセスも何もなくない?」
「少しでも迷って欲しいんだよ、男の方は」
「迷う余地がなくても?」
「まあ、一瞬でもいいから夢を見たいというか」
なるほど、男側の事情というやつか。
「ふーん……そういうものなのね──じゃあ……」
「これからも僕以外の男からの誘いは、即断っていいと思うけど」
「えっ」
じゃあ、これから誘われたら少し間を置いてから断ることにしようと言いかけると、ルドランがその言葉を遮った。
さっきまでと言ってることが違うじゃないかという抗議を込めてにらむと、ルドランはあははと声を出して笑った。
「僕はヤキモチやきだからさ。まぁ、そんな訳で職場で『冷徹姫』なんて呼ばれてる女の子の、そんな意外で格好いいところ見ちゃって惚れない理由がないよ。声をかけようと思って近づいたら逃げられちゃったけどね」
「あ……あれは逃げた訳じゃ」
「うん、知ってる。同じ職場にいることは知ってたけど、けんもほろろな噂の冷徹姫にどうやって声をかけたらいいか迷ってたんだ。だから、資料室で騒いでる君を見た時に、これは弱みにつけ込むチャンスだと思ったんだよ」
「弱みにつけ込むって……」
「つけ込んだでしょ? 冷徹姫っていうくらいだからバッサリ切り捨てられるかもだけど、流されてくれたらラッキーって思ってね」
確かに、内容をばらされたくなければ提案に乗れと言われた気もする。あの時はもちろん本気に取ってはいなかった。
「まぁ、君は多分僕のことを知らないだろうから、知り合うきっかけだけ作れたら、もう少しゆっくり口説いていけばいいかなって思ってたんだけど──君の友人のおかげで思ったより早くデートにこぎつけられて僥倖だったね。彼女には感謝してる」
ルドランは真っ直ぐタリアを見つめた。狭い馬車の中では逃げるわけにもいかず、身の置き場がなくてソワソワする。
「それで、改めて聞くんだけど、僕は恋人候補としてどう?」
「……恋人候補としてって言っても……私たち、まだ知り合ったばかりだし……その……」
「僕のことで聞きたいことがあれば何でも聞いて?」
「う……それはいいんだけど、そういうのじゃなくて……その、心の準備が」
「うん?」
このまま流されてしまってもいいのだろうか。
好意はありがたいし、嬉しいと素直に思う自分がいる。正直いって、彼の顔も声も好みどストライクだ。
でも、タリアはリュシーと別れたばかりなのだ。失恋の傷もまだ完全に癒えたとは言い難い。それなのに別れてすぐ、別の男に寄りかかってしまってもいいのだろうか。
失恋してすぐに違う男に乗り換える女ってどうなんだろう。節操がないと思われないだろうか。
そういえば、リュシーと付き合っていたという話はマデリーンにしか話してないし、他の同僚たちは誰も知らないから大丈夫?
マウント女のせいで、職場ではタリアとルドランが恋人同士なのではないかという憶測が元々飛び交っているようだし、問題はない──はず。
色々な想いと葛藤が、タリアの中でグルグル渦を巻く。
「もう少しだけ考えさせて欲しいの──それに、あなたもよく考えた方がいいと思う。貴族なんでしょう? 私みたいな平民が恋人だなんて、家の人たちが何て言うか……」
「家族は何も言わないよ。賭けてもいい」
「──だとしても! 私たちは、もう少し時間をかけてお互いを知ることが必要よ。そうよ、うん。ねっ?」
「ねっ? って言われてもなぁ……うーん。そもそも、パーティーに一緒に行くこの状態で付き合ってないというのもおかしな話だと思うんだけど……まぁ、馬車が会場へ着くまでにまだ少しかかるだろうし──……これからじっくりタリアの話を聞かせて貰おうかな?」
「わ、わかったから、近づかないで……」
何故貴族用の広い馬車の中で隣に座らなければならないのか、理解不能だ。
イケメンのキラキラオーラは正視にたえない。顔が熱いから真っ赤にはなっているだろう。何だか不整脈も起きている気がする。
あの顔で、これ以上近づかれたらまずい。
(あーもう……素顔の破壊力あり過ぎでしょ。聞いてないよこんなの。ドキドキし過ぎて……ヤバい、死にそう……)
あの前髪、もう一回額の上に降臨しないかしら……ドキドキを抑えるために窓の外に視線を移しながら、タリアはそんなことを考えていた。
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