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(20)馬車の中で
しおりを挟む「まさか、あの日すれ違ってただなんて……」
タリアは馬車の中で頭を抱えた。
二人が出会った建国祭の日はリュシーと別れた日だ。
ちなみに馬車は既にパーティーの開かれる男爵邸へ向かって出発していた。
貴族の馬車だけあって、街中の乗合馬車とは乗り心地が全然違う。
「まぁ、タリアのことは一方的に知ってはいたし、ぶつかる前から姿を見かけてはいたんだ」
「えっ……そうなの?」
「なんだかぼーっとしてフラフラ歩いていたし、危なっかしかったから注意すべきかどうか迷いながら近づいたんだ」
「あー……そう……そうね、確かにぼやっとしてたかも……」
前日に見たリュシーの浮気現場が衝撃的すぎたから。
前の日の夜にたっぷり泣いたせいもあって、寝不足でフラフラもしていたかもしれない。
「見かけたなら、すぐに声をかけてくれればよかったのに」
タリアが不満げに口をとがらせて言うと、ルドランは赤い目を細めてクスリと笑った。
「忘れてるかもしれないけど、あの時僕たちはまだ『知り合い』ですらなかったんだよ?」
──確かに。
あの時はただ、リュシーの浮気をどうやって追求しようかとか、泣いて土下座されたら許すのかどうか、とかしか考えてなかった。
例え騎士の警告でも、素直に聞けていたか怪しい。
「騎士団が出張って警邏してるのに、路地裏に女の子を引っ張りこんだりされては困るんだ──まぁ結局、君の場合は女の方が男を引っ張りこんだ訳なんだけど」
「えっ?! ちょっと待って! み、見てたの、あれを……?」
なんということだろう。もう既に帰りたい。帰って穴を掘って首まで埋まりたい。
ルドランの顔をチラッと見やると、たいそうニヤニヤしていた。タリアをからかって楽しんでいる。
「まあね。
お祭りの日は箍が外れる人間もたまにいるから危ないんだ。国外からの観光客も多いしね。フラフラしてるとすぐに変な奴に目をつけられる。最悪、他国の奴隷商人が入り込んだりすることもある。
例えば君がそういう趣味で、自ら率先して男を路地裏に引っ張り込んだとしても。それはそれで治安だったり対外的な観念から注意しなくちゃと思って、後をついていったんだよ。
それに、もし痴話喧嘩だとしても逆上した男に逆に暴力を振るわれることだってある。だから念の為に路地裏を覗いたんだけど……」
ルドランがククッと喉の奥を鳴らす。
嫌な予感がするから、できればもうやめて欲しい。タリアは思わず耳を塞ぎたくなった。
「まさか、女の方が男をぶっ飛ばしてるなんて思いもしなかった」
もう顔を上げていられない。顔から火が出そうだ。
「ものすごく格好よかったんだ」
「へっ?」
タリアが顔を上げると、つとルドランと視線がかち合った。ルドランの赤い瞳が、急激に熱を帯びる言葉と感情に合わせるように、その輝きをいや増した。
「路地裏で仁王立ちして、拳を握りしめて、男に啖呵を切る君は──陽の光なんか当たってもいないのに輝いて見えたんだ。その姿に惚れたってことだよ」
キラキラとした笑顔で言われて、タリアはうぅと唸った。女が男をぶっ飛ばすような女を格好いいだって? 普通の女性はそんなことをしないことくらい、タリアも承知している。
(もしかしてからかってる──?)
往生際が悪くそう考えもしたが──。
ルドランの燃えるような赤眼は、明らかに熱を孕んでいて──落ち着かない。
「趣味が悪いのね」
しどろもどろになりながら、そう皮肉るのが精一杯だった。
「えぇぇぇ……そこは逆だろ? 趣味がいいって言ってくれないかな? 割と人を見る目はあるつもりなんだけど」
何故、そんな自画自賛的言葉を言わなければならないのだ。タリアはとりあえずぶんぶんと首を横に振った。
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