【完結】幼なじみのクズ男から乗り換えます!

真辺わ人

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(16)過去と執着(リュシー視点)

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 痛い。
 痛い。
 痛い。

 あの男に掴まれた腕が痛い。

「くそっ! あいつ、思い切り力を入れやがって!」

 リュシーは腕を擦りながら悪態をついた。
 こんなにもイライラするのは、あの男とタリアのせいだ。

 違う──タリアのせいだ。

 リュシーと別れたばかりなのに、他の男に尻尾を振るような尻軽女。
 そして一緒にいたのは、リュシーと比ぶべくもないボサボサ頭の冴えない男。
 少しばかり身体つきががっしりしていたが、それだけだろう。あんなのが自分の代わりだなんて認めない。
 タリアが他の男に笑いかける姿など見たくなかった。あの微笑みも、あの声も、あの身体も唇も──全てリュシーのモノだ。どこの誰ともわからない他の男になんか渡さない。
 彼女の世界に存在するのはリュシーだけで十分だ。リュシーの世界がそうなのだから。
 今までもこれから先もずっと。

 なのに。
 タリアは裏切った。

 リュシーが先に浮気したのだと主張していたが、自分の浮気こそを正当化しようとしているに違いない。
 大体、リュシーの方はその気もないのに浮気とはおかしなことだ。あの化粧女はただの道具でしかない。兄、両親、使用人、その他リュシーを嘲笑いこんな狭い世界に閉じ込めた彼らを見返すための、道具。
 
 結婚なんかしなくたって一緒にいられるだろう。
 リュシーが裕福な貴族になれば、タリアを養ってやることだって可能なのだから。愛人になれば、生活も安定するからもう役場などで働かなくてもよくなるのだ。

 なのに──何故。

 腕だけではなく全身が痛いと悲鳴を上げるが、リュシーは殴られたりはしていないはずだ。
 一体どこが痛いのだろうか。
 一体何が痛いのだろうか。

 もう、どこが、何が、痛いのかわからなかった。

 腕なのか、胸なのか、頭なのか──。

 二人の兄に時折殴られることはあったが、もう昔のことだ。
 木剣の柄で殴られた背中のみみず腫れも、底の固い靴で蹴られた脇腹の痣も、もうとっくに消えている。
 最近の兄たちは、末の弟にかまけている時間がないほどに多忙を極めているらしい。
 顔を合わせれば嫌味を言ってくるが、それだけだった。
 リュシーも大人になったし、やり返されるのを恐れているのかもしれない。

 家の中でリュシーは常に一人だった。

 両親は商会の仕事で朝夕なく忙しく、兄たちもその手伝いに駆り出されている。
 末っ子のリュシーの面倒は主に使用人が、勉強などは家庭教師が見ていた。
 使用人といっても通いで食事の用意をしたりするだけの人間だ。
 家庭教師は貴族が雇うような高尚な教師ではなく、読み書きや計算ができるだけの商会の関係者だ。

 彼らは、常に面倒そうに眉をしかめながら、リュシーに話しかけるのだ。
 使用人や教師が女だった時だけはリュシーに甘かったが、それだって彼の見目がいいからだろう。
 むしろ変な色目を使ってきて気味が悪かった。

 だから、ずっとリュシーは一人だった。

 そんな一人きりのリュシーの世界に現れたのが、タリアだった。

 タリアはいつも両親に連れられて来ていた。
 つまらなそうにしていたので、家庭教師から教わったことを教えると、感心しながら喜んでくれた。
 自分を必要だと笑顔で、全身で、表現してくれたのは、その少女だけだった。
 彼女はリュシーを一人ぼっちの世界から連れ出してくれた。

 それからは、何をするのも彼女と一緒だった。

 何年か後にタリアの両親が亡くなった時も一緒だった。夜通し泣き続けるタリアの傍で彼女を慰めたのはリュシーだ。
 悲しむ彼女の傍らで、彼女を独占できるほの暗い喜びを感じていた。
 自分を頼り、縋り、必要としてくれる──そんな人間はタリアが初めてだったから。

 何があっても手放すわけにはいかない。
 自分の、あれは自分だけの光だ。







「旦那、個人的な取引きはこれっきりにしてくださいよ?」

「わかってる。いいから早く出せ」

 背の低いあばた顔の男が、さっきから何回も渋い顔をしながら念を押してくる。
 リュシーは組んだ腕の上で中指をトントンしながら、苛立たしげに答えた。

「男爵様にバレたらアタシもヤバいんですからね」

「わかったわかった」

「……旦那のことも一応信用しますが、コイツを変なことに使って騒ぎなんか起こさないでくださいよ? 最近、騎士団が色々嗅ぎ回っていて、こっちの身も危ないんですよ。痛い腹探られちゃかないませんからね」

「騎士団か……」

「危ない橋を渡るんですから、ちょっと高くつきますよ?」

「……ああ」

「巻き込まれるのはゴメンなんで、何に使うかは聞きやしませんがね。くれぐれも頼みますよ?」

「──ああ、わかってるから早く寄越せ」

「はいはい……」

 男は懐から紙袋を取り出すと、金と交換でリュシーに手渡した。
 リュシーはそれを受け取ると、くるりと踵を返して男に背を向けた。

「こいつを使って──」

 遠ざかりながら何やらブツブツと呟いていたが、男の耳にはもう届かなかった。






 大丈夫だ、今ならばまだ。

 きっと、取り戻せる。

 リュシーにはタリアが必要なのだから。

 ひょっとして頼り、縋り、必要としていたのは自分の方なのかもしれない。
 だが今更。
 そんなことは認められない。
 だからリュシーがやるべきなのは、あるべき形へと戻すことだけだ。

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