【完結】幼なじみのクズ男から乗り換えます!

真辺わ人

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(18)魔性のふかふか

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 馬車を降りたタリアの目の前いっぱいに広がったのは、ででんと構えた大きな邸宅だった。

「えっ……何ここ……どこ?!」

 ここまで大きな建物は街中で見たことがない。
 ということは、きっとここは郊外だろう。

 実際に行ったことはないが、町の郊外には貴族用の高級住宅地があると聞いたことがある。

「お嬢様、こちらへどうぞ」

 呆然としているタリアは、そのまま大人しく手を引かれて建物の中へ足を踏み入れた。




 茫然自失としていたため、邸宅の中に入ってからの記憶はやや曖昧だ。

 タリアは、大きな玄関扉から中に入るや否や、にこやかな仮面を貼り付けたメイドたちに囲まれた。
 逃げ出さないようになのか、両側から腕を取られてどこかの豪華な部屋に連れてこられた。

 そして、あっという間に裸に剥かれて、浴室へ放り込まれた。
 浴室へはメイドたちも付き添い、そこでも隅々まで磨かれた。
 髪も身体もいい香りの泡でふわふわと洗われ、全身くまなく花の香りのオイルが塗り込められ、ツヤツヤのピカピカだ。

 今までの人生で一度でもこんなにツヤツヤのピカピカになったことがあっただろうか、いやない。

 何もかもが想定外の出来事に、もはや脳が考えることを放棄していた。されるがままだ。

「……ウェイゴールド……ウェイゴールド……やっぱり聞き覚えないなぁ……もしかして人違いじゃないのかな?」

 執事(仮)の言葉を反芻するタリア。

 髪はいい匂いの香油でしっとりしている。
 湯上り後、ふわふわのタオルで水分を拭き取られ、肌に触れただけで上質とわかる夜着を引っ被せられた。
 メイドたちは散々タリアを磨き上げ終えると、大きなベッドに置き去りにして部屋を辞して行った。

 タリアはそのまま豪奢なベッドに横になって考えた。

(布団がふかふかだ……)

 いや、そうじゃない。そこじゃない。

 枕元では香のようなものが炊かれていて、香りを吸い込むと何だか気持ちが落ち着く気がする。

(いい匂い……)

「じゃなくて!」

 あの執事(仮)は「タリア様ですか?」と声をかけてきた。明らかにこちらを知っているかのようだった。
 タリアには覚えがないのに。

 メイドたちは時々タリアの意志を確認するだけで、ほとんど口をきかなかった。
 しかも、慌ただしく動き回る彼女達に、事情を尋ねる暇がなかった。
 執事(仮)の姿は、ここへ連れられてきた時以来見ていない。

 ベッドの上をゴロゴロと転がりながら、タリアは更に考える。

 部屋の奥に設置されているこのベッドは一人で寝るには大き過ぎる気がする。
 更に、よく磨きあげられた身体、用意された薄めの夜着、これらが意味するところは──。

(まさか……そういうお仕事?!)

 どこかで知らない間に、何故か偉い身分の人の目に止まって、愛妾になるために連れてこられたとかだろうか。

(そんな──……)

 タリアはその想像に震える。

 何の心の準備もない。
 きっとあの扉から、脂ぎったウェイゴールド何某と名乗る中年男が入ってきて「ぐひひ……かわゆいのぉ」とかやるのだろう。

 ──やるのだろうか?

 やらないにしても、愛人とかそんなのは嫌だ。

 恋人に振られた(振った)とはいえ、タリアだって人並みに恋愛もしたいし結婚願望もある。
 長年恋人だったリュシーの愛人になることですら考えられないのに、知らない男の愛人なんて真っ平ごめんだった。

(よし、逃げよう。逃げなきゃ…………)

 そう思いながらも、身体は重くて動かない。やがてまぶたが降りてくる。

(布団がふかふか過ぎるのがいけないのよ。寝ちゃダメだってば……扉がダメなら窓から……)

 すやぁ……。

 そうしていつの間にか寝落ちていた。



◇◇◇



「お嬢様、朝ですよ」

 聞きなれない声がして、タリアはガバッと身体を起こした。

(自分の部屋じゃない! そして──誰……?)

 にこやかにしかし有無を言わさずに掛布団を剥いでくるのは、メイドさんだった。
 この有無を言わさないところが昨日の執事(仮)とものすごくそっくりだ。

 その瞬間に思い出した。
 あの、人畜無害そうな執事の皮を被った男にここまで連れてこられたのだ。

 とにかく今は、ふかふかの布団を離してなるものか。
 何故かそんな気になったタリアは、ぎゅっと掛け布団の端を握りこんだ。
 しかし、タリアの抵抗も虚しく、掛け布団は全て剥ぎ取られた。

(……あぁ、お布団ふとぅんが──!)

 とても言葉では言い表せないほどふかふかな布団だった。

 ふかふか布団さん、夢のような寝心地をありがとう……。

 何だか身体も軽い気がする。
 帰ったら、自室の布団もちょっといいのに買い換えよう。

 しかし、今考えるべきことはそれじゃない。

 昨日、訳がわからないままこの邸宅に連れてこられて──逃げようと思ってたのに、どうやらタリアはふかふか布団の魔力(?)に負けて、うっかり眠ってしまったらしい。

(よく考えたら、こんな状況で熟睡しちゃったとか……女としてどうなの?! 貞操の危機より眠気が勝つとかホントありえないんだから……)

 幸い、昨夜は何事もなかったようだった。
 中年男がぐへへと言いながら入ってきた形跡はない。タリアは安堵した。

 ぐぅ~……。

 ほっとしたらお腹が鳴った。

(ぎゃあああ──恥ずかしいっ!)

 気まずくて顔を覆うタリア。

 でも、聞いて欲しい。
 タリアが悪いわけじゃないのだ。
 昨晩は仕事後すぐに拉致されたから、晩御飯を食べていないのだ。
 悪いのはどう考えても、人の良さそうな顔をして人の話を聞かない、ゴーイングマイウェーなあの執事だ。

 タリアがなおも顔を覆っていると、メイドさんは微笑みながら告げた。

「お食事のご用意は済んでおりますが──こちらでお召し上がりになりますか? それとも食堂の方をご利用でしょうか? 若様は食堂でお嬢様をお待ちですが……」
「ふぁい?!」

 タリアは思わず手を解いて聞き返した。

「若様……ですか?」

「はい」

「ひょっとして私をここへ呼んだ人、ですか?」

「はい。左様でございますが……?」

「行きます、食堂!」

「では、お召し物を用意致しますので、先に着替えましょう」

「はいっ!」

 ぐぅ~……。

 力を込めて返事をしたらまたお腹が鳴って、赤面しきりだった。こんな時くらい自重しろ、腹の虫──。







 
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