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(17)穏やかな誘拐もどき
しおりを挟むそんなこんなで、あっという間にマウント女のパーティー前日となってしまった。
まぁ、この際パーティーははっきり言ってどうでもいい。
一人で参加する勇気はないし、考えてみたらパーティーに着て行けるような服も持っていなかった。
ドレスを借りられるような知り合いもいない。
買うにしたって、中古の型落ちドレスでもタリアの半年分の給料位はするのだ。一度きりしか着ない服にそんなにお金はかけられない。
明日、体調不良でドタキャンすればいいだろう。所詮はお貴族様のままごと遊びなのだから。
タリアが参加しないからといって、何が変わる訳でもパーティーに差し障りがある訳でもないだろう。
あのマウント女とリュシーがタリアを嘲笑うことが出来ない、ただそれだけのことだ。
つらつらと取り留めもないことを考えていると、いつの間にか終業の鐘が鳴っていた。
飲み過ぎたあの日以降、距離感がぐっと縮まったマデリーンが夕食に誘ってきたが、今日ばかりはそんな気になれない。
タリアは少しだけ残業をして書類を片付けると、ささっと私服に着替えて職場を出た。
今の時期は日が暮れるのが早く、既に外は暗い。
(結構肌寒くなってきたなぁ)
「……ん?」
(何だろう──誰かに見られてる?)
職員用の出入口付近に立つと、ふと視線を感じた気がした。
気になって辺りを見回すと、ビシッとスーツを着こなした執事然とした人が、こちらを向いて立っているのに気づいた。
(執……事……?)
実際に見たことはないが、きっと執事というのはこんなだろう、という想像を体現したような人物だったので、きっと執事なのだろう。
艶やかな光を放つ黒い燕尾服、薄暗い夜道に真っ白なシャツが眩しい。
目が合ったので、軽く会釈しておく。
すると、なんとその執事(仮)がタリアに近づいてくるではないか。
「失礼します。お嬢様がタリア様でいらっしゃいますか?」
「え……はい、タリアは私ですけど……」
「これは僥倖でございました。わたくしはドナウドと申します。ウェイゴールド家よりお迎えに上がりました。こちらへどうぞ」
「えっ……えっ?! ちょっと……?!」
タリアが戸惑っている間に、さぁさぁと背を押されて側道に止まっていた馬車に乗せられてしまった。
乱暴ではないし、恐ろしい感じもしないものの、有無を言わせない感じだった。
執事(仮)は御者席に座ってしまったため、馬車の中はタリア一人になってしまった。
これでは誰にも事情を聞くことができないではないか。
結局、馬車はそのまま出発した。
微妙な舗装の街道をガタガタゴトゴトと揺られながら、タリアは「何でこんな事に……」と呟いていた。
(これは誘拐? 誘拐なの?)
少々強引ではあったが、犯罪を犯しているような空気感ではなかった。
嘘か誠かはわからないが、家名も名乗っていたし。
ただ流れるようにして馬車に押し込まれただけだ。何だか手馴れていたのは気になるが。
しかし、タリアが知らないだけで、そういう感じの誘拐も有り得るのかもしれない。
だがしかし──これだけは声を大にして言いたい。
タリアを誘拐しても一文の得にもならない。
何と言ってもただの平民だし、両親は死んでしまっていないのだから、身代金を搾り取るところがない。
(え、じゃあ捕虜とか奴隷にでもされるのかな?)
仮に彼らが誘拐犯だったとして、だ。
街中にある役場の裏口、しかも他の人間も見ている前で、誘拐するような危険を犯すだろうか。
顔も丸見えだったし。執事服目立ってたし。
それほどのリスクを犯してまで誘拐する価値が、タリアにあるとは思えない。
それに、今もこうして馬車の中で自由に動けているのも解せない。
これはタリアの中の勝手な誘拐のイメージだが──例えば、人気のない場所で突然睡眠薬を口に当て気絶させた女を担ぎあげ、叫ばれないように猿轡を噛ませて馬車に転がしておく──それこそ正しく誘拐じゃないだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
「?????」
頭の中で沢山の疑問符が踊っている。
増える一方の疑問は何一つ解けないまま、タリアがうんうんと唸っている間に目的地へ到着したようで、馬車は緩やかに止まった。
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