17 / 29
(17)穏やかな誘拐もどき
しおりを挟むそんなこんなで、あっという間にマウント女のパーティー前日となってしまった。
まぁ、この際パーティーははっきり言ってどうでもいい。
一人で参加する勇気はないし、考えてみたらパーティーに着て行けるような服も持っていなかった。
ドレスを借りられるような知り合いもいない。
買うにしたって、中古の型落ちドレスでもタリアの半年分の給料位はするのだ。一度きりしか着ない服にそんなにお金はかけられない。
明日、体調不良でドタキャンすればいいだろう。所詮はお貴族様のままごと遊びなのだから。
タリアが参加しないからといって、何が変わる訳でもパーティーに差し障りがある訳でもないだろう。
あのマウント女とリュシーがタリアを嘲笑うことが出来ない、ただそれだけのことだ。
つらつらと取り留めもないことを考えていると、いつの間にか終業の鐘が鳴っていた。
飲み過ぎたあの日以降、距離感がぐっと縮まったマデリーンが夕食に誘ってきたが、今日ばかりはそんな気になれない。
タリアは少しだけ残業をして書類を片付けると、ささっと私服に着替えて職場を出た。
今の時期は日が暮れるのが早く、既に外は暗い。
(結構肌寒くなってきたなぁ)
「……ん?」
(何だろう──誰かに見られてる?)
職員用の出入口付近に立つと、ふと視線を感じた気がした。
気になって辺りを見回すと、ビシッとスーツを着こなした執事然とした人が、こちらを向いて立っているのに気づいた。
(執……事……?)
実際に見たことはないが、きっと執事というのはこんなだろう、という想像を体現したような人物だったので、きっと執事なのだろう。
艶やかな光を放つ黒い燕尾服、薄暗い夜道に真っ白なシャツが眩しい。
目が合ったので、軽く会釈しておく。
すると、なんとその執事(仮)がタリアに近づいてくるではないか。
「失礼します。お嬢様がタリア様でいらっしゃいますか?」
「え……はい、タリアは私ですけど……」
「これは僥倖でございました。わたくしはドナウドと申します。ウェイゴールド家よりお迎えに上がりました。こちらへどうぞ」
「えっ……えっ?! ちょっと……?!」
タリアが戸惑っている間に、さぁさぁと背を押されて側道に止まっていた馬車に乗せられてしまった。
乱暴ではないし、恐ろしい感じもしないものの、有無を言わせない感じだった。
執事(仮)は御者席に座ってしまったため、馬車の中はタリア一人になってしまった。
これでは誰にも事情を聞くことができないではないか。
結局、馬車はそのまま出発した。
微妙な舗装の街道をガタガタゴトゴトと揺られながら、タリアは「何でこんな事に……」と呟いていた。
(これは誘拐? 誘拐なの?)
少々強引ではあったが、犯罪を犯しているような空気感ではなかった。
嘘か誠かはわからないが、家名も名乗っていたし。
ただ流れるようにして馬車に押し込まれただけだ。何だか手馴れていたのは気になるが。
しかし、タリアが知らないだけで、そういう感じの誘拐も有り得るのかもしれない。
だがしかし──これだけは声を大にして言いたい。
タリアを誘拐しても一文の得にもならない。
何と言ってもただの平民だし、両親は死んでしまっていないのだから、身代金を搾り取るところがない。
(え、じゃあ捕虜とか奴隷にでもされるのかな?)
仮に彼らが誘拐犯だったとして、だ。
街中にある役場の裏口、しかも他の人間も見ている前で、誘拐するような危険を犯すだろうか。
顔も丸見えだったし。執事服目立ってたし。
それほどのリスクを犯してまで誘拐する価値が、タリアにあるとは思えない。
それに、今もこうして馬車の中で自由に動けているのも解せない。
これはタリアの中の勝手な誘拐のイメージだが──例えば、人気のない場所で突然睡眠薬を口に当て気絶させた女を担ぎあげ、叫ばれないように猿轡を噛ませて馬車に転がしておく──それこそ正しく誘拐じゃないだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
「?????」
頭の中で沢山の疑問符が踊っている。
増える一方の疑問は何一つ解けないまま、タリアがうんうんと唸っている間に目的地へ到着したようで、馬車は緩やかに止まった。
10
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?
イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える――
「ふしだら」と汚名を着せられた母。
その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。
歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。
――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語――
旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません
他サイトにも投稿。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる