【完結】幼なじみのクズ男から乗り換えます!

真辺わ人

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(14)不意打ち

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 そこに立っていたのは、リュシーだった。

 職場も違うから、別れたらもう会う機会もないと思っていたのだが。

「話がある」

「え、ちょっと?!」

 リュシーはタリアの腕を掴んだまま、有無を言わさず彼女を建物の陰へ引っ張りこんだ。

 タリアは、ほわほわしていた気分が一気に降下するのを感じた。
 この前思い切り殴ってしまったので、罪悪感も少しあって邪険にできない。
 案の定、リュシーの右頬はまだ少し腫れていた。

「待ってたんだよ、タリア……」

「私は待ってないわ」

「僕という男がいながら何であんなやつと腕を組んで歩いてるんだ」

 どうやらリュシーは憤っているようだった。
 眉間に皺を寄せている。
 彼が怒っている時は、ついでに鼻筋の上の方にも細かい皺がよるのでわかりやすい。

「何言ってるのよ。もうあなたとは別れたんだから関係ないでしょ?!」

「まだっ! 君とは別れてなんかない! 言ったじゃないか、待っててくれって」

「はぁっ?! 待つわけないでしょ!」

「たった一度だろっ?! 僕たちが何年付き合ってきたと思ってるんだよ!」

「……八年よ! その八年はあなたの浮気で台無しになったわ。一度あることは二度あるし、もうあなたを信じられないもの」

「……嘘だ」

「は?」

「タリアの方こそ僕に隠れて浮気してたんじゃないのか? アイツと!」

「何言ってるのよ? もうあなたとは別れたから浮気なんかじゃ──きゃっ!?」

 タリアが更に反論しようとすると、リュシーは彼女の肩を壁に押付けた。

 押さえつける手から逃れようと身をよじると、彼が手を振りかぶったのが見えた。そのことに愕然とする。リュシーは今まで、暴力をふるったことだけはなかったのに。

 そしてその振りかぶった手が振り下ろされる直前で──止まった。

「──なっ?!」

 直ぐに、リュシーの身体がタリアからべりっと剥がされた。

「ルド……ラン……?」

「やぁ、タリア。さっきぶりだね」

 口調こそおどけているものの、手はしっかりとリュシーの腕を掴んでいた。

 リュシーは振りほどこうとしてじたばたしているが、ルドランが動じる様子はない。

 さっき見送ったはずの人間が何故ここにいるのか、いつから見ていたのか、聞きたいことは色々あったが、とりあえずタリアはほっとした。

「くそっ! 何でこんな冴えないやつなんかと──くそっ! 覚えてろよ!」

 身をよじってねじってやっとのことでリュシーはルドランの手を振りほどき、捨て台詞を吐いて去っていった。
 力では敵わないと思ったのだろう。

 確かに顔の良さではリュシーに軍配が上がるかもしれないが、体格差が明らかだったからだ。

 まぁ、その顔の良ささえも、タリアの負わせたケガのせいで半分ほど台無しになっていたが。
 更に台無しにしたのは最後の遠吠えだろうか。

「助かったわ、ありがとう……でも、何で戻ってきたの?」

「渡し忘れたものがあったから。手を出して」

 宿舎の前に戻ったタリアはルドランに問いかける。

 彼は差し出されたタリアの手の平に小さな紙包みを載せた。

「はい。今日の記念に」

「えっ……いつ買ったの?」

「んー? ……君が洋品店で試着している間、かな?」

 確かに、タリアがルドランと離れていたのはそれくらいだが──。

「わざわざ買ってくれたの?」

 タリアが少し感動しながら言うと、ルドランの口元がきゅっと弧を描いた。

 何故かその様子を見たタリアの胸が高鳴る。
 顔が熱い。

「まぁね、最初が強引すぎたから。ゆっくりでもちゃんと口説こうと思って……」

 そこで言葉を切ると、ルドランはタリアの顔を覗き込むように少し身をかがめた。

「ねぇ、タリア。今自分がどんな顔してるかわかってる?」

「えっ……?」

 何だろう。

 どんな顔をしているのだろう。

「今すぐ食べちゃいたくなるから自重してくれるかな」

 クスッと笑ったルドランはごく自然にタリアに顔を寄せた。

 ちゅっと、額に微かな音を立てて離れると、タリアが呆然としているのを見て、彼はまたふっと笑った。

「じゃあ、パーティーでね。今度は僕が君を見送るから早く部屋に戻りなよ」

「あ、うん……」

 大きな手がわしわしとタリアの頭を撫でて離れる。

 何故次に会う機会が明日でも明後日でもなく翌週末のパーティーの日なのか、そんなことを疑問に思うことも出来ないほど、タリアは混乱していた。

 そのまま素直に宿舎の入口から部屋に向かう。

「~~~っ!ーーーーーっ!」

 しかしタリアは自分の部屋に戻るなり、声にならない叫び声を上げて、腰が抜けたようにしゃがみこんでしまったのだった。




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