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(13)一日の終わりに
しおりを挟む試着でヘトヘトになったタリアを、ルドランは紳士的に宿舎の前まで送り届けてくれた。
疲れすぎたタリアは、帰り道ではルドランの腕にぶら下がるようにして歩いていた。
よろよろと歩いているタリアを見かねて、ルドランが腕を差し出してくれたのだ。
洋品店にいる間にすっかり日が暮れて、辺りは薄暗くなっていた。
何だかあっという間だった気がする。
(何だかんだ言って、結構楽しかったわ)
うん、確かに楽しかった。
あちこちへ引っ張っていかれて、ここ最近の嫌なことを考えている暇もなかった。
顔半分を覆い尽くす髪のせいで表情は窺いづらいし、身なりもこんなだが、話してみると意外と博識なことに驚く。
話は面白いし、女性のエスコートの仕方もきちんと心得ていた。付け焼き刃でこれほど自然に振る舞うことは不可能だろう。
「今日はありがとう、楽しかったわ」
気づけばそんな言葉と笑みが自然に零れた。
「いや、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。僕だけ楽しんじゃったかなと思ってたんだ。君も楽しめたならよかったよ」
そうだ、今日はルドランに振り回された形だったが、決して嫌ではなかった。
そのことにまた少し驚く。
「また次を期待してもいいのかな?」
「次……」
「今度はタリアの行きたいところがいい」
タリア──不意にそう呼ばれて、ドキドキする。
おかしい。名前なんてただの個人識別記号だ。
リュシーにも同僚の男性にも呼ばれ慣れているはず──それなのに。
「洋品店でも思ったけれど、女性の扱いに随分と慣れてるのね」
「そんなことないよ」
つい照れ隠しで口を飛び出した嫌味のような言葉に返ってきたのは、少し楽しそうな声。
そういえばリュシーの時は嫌われたくなくて、そんな憎まれ口なんて口にできなかった。
思い返してみれば、その時点で愛の重さの違いに気づくべきだったのだろう。
「あ、ひょっとしてヤキモ……」
「ヤキモチじゃないわよっ。見たまま言っただけだから!」
「あはは。そんなこと初めて言われたよ」
その言葉にタリアは、マデリーンが苦々しげにあだ名の数々を呟いていたことを思い出した。
確かに女性が好んで寄ってきそうな外見ではない。
だからなのか、彼と歩いていても別段気になる視線は感じなかった。
リュシーと歩いていた時には、もっとこう道行く女の人の視線が怖かったというのに。
見た目だけならリュシーは満点に近い。
これといった取り柄のないタリアが釣り合っていたかと言われると自信がない。
道行く女性の半分ほどが振り返る。そして『何でこんな女が……?』そう思われているのはわかっていた。
だから、リュシーの好みの服を着たし、髪もリュシーに言われた通り伸ばした。
本当はもう少し短めが好きなのに。
リュシーに嫌われないように、捨てられないように。
リュシーが嫌がるから、買い食いもしなかったし、ピアスの穴も開けなかった。
タリアの休みはリュシーのために常に予定を空けていたけれど、彼はそうではなかった。
タリアの両親が事故で亡くなった時、側にいて励ましてくれたのはリュシーだった。
あの時他に誰一人頼る人がいなかったタリアは、彼の手に縋った。
彼しかいなかった。側にいてくれなかった。
だから、彼と一緒にいるのが当然で──それで自分も幸せなのだと思っていた。
彼の幸せを自分の幸せと勘違いしていたのだ。
タリアの愛と彼の愛の重さが違うように、自分の幸せと彼の幸せは別のものだったのだ。
(今考えると本当にバカみたい)
きっと、遅かれ早かれこうなる運命だったのだろう。
考え事をしていると、突然頭がくしゃっと撫でられた。
「名残惜しいけど、もうそろそろ帰るよ……」
まるで本当に名残惜しいように、切なげな声で囁かれ、タリアの胸はきゅっとなった。
「そう……そうね」
「今日は付き合ってくれてありがとう」
その言葉に、また胸がきゅっとなる。
本当はタリアの方が別れがたかった。
もう少し一緒にいたいと思った。
でも、まだ彼は恋人でもなんでもないし、何より女子寮は男子禁制だ。
緊急事態だったこの前とは違い、お茶に誘いたくても誘えない。
もどかしい思いで悶々としていると、すっと頭から彼の手が離れた。
「じゃあね」
彼は小さく手を振ると、タリアに背を向けた。
「うん……」
待って、と言いたいのに、口から出てきたのはそれだけだった。
結局、タリアはルドランの姿が曲がり角で見えなくなるまで手を振っていた。
ルドランがたまに振り返って手を振ってくれるので、去りがたかったのだ。
彼の姿が見えなくなるとようやくタリアは、はぁーっと息を吐いてくるりと踵を返した。
その時──。
グイッと腕を引っ張られたタリアの足は、空を蹴った。
「きゃっ!」
「タリア」
「──リュシー……?」
そこに立っていたのは苦しげな表情を浮かべたリュシーだった。
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