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(11)恥ずかしさが限界突破

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「ねぇ、こんなところに来て大丈夫?」

 知らず小声になってしまう。

 ルドランが迷いなく足を踏み入れたのは、表通りにある高級洋品店だった。もちろんタリアは入ったことなどない。

 建物の外観はダークグリーンと金色の縁どりで統一されていた。
 ショーウィンドウ以外の窓がなく、通りから店の中を窺うことは出来ない。中が見えないということは、機密が多い貴族層が主な来客であることを意味している。

 格調高い家具が並ぶ店内でタリアは、非常に小さくなっていた。

「あはは、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。予約してあるし」

「よ、予約って……」

 その時背後から声が掛かった。

「いらっしゃいませ」

「ひっ!」

 思わず、飛び上がってルドランの背後に隠れるタリア。その手には彼の服の裾がぎゅっと握りこまれている。

「驚かせてしまったようで申し訳ございません。本日はようこそいらっしゃいました。ご予約は承っておりますので、お二人とも二階のお部屋へどうぞ」

「ありがとう。僕の大事な人だからよろしくね」

「かしこまりました」

(えっ?! 誰が大事な人──?)

 思わずきょろきょろと店内を見渡してみるが、今のところタリア達以外に客はいない。

「いやいや、タリアのことだから」

「えっ……」

 苦笑しながらルドランは言った。

 予想外の言葉に固まるタリア。息を吐くように自然にそんなことを言うルドランに唖然である。

「お嬢様はこちらです」

 どう反応したらいいのかわからずに、固まったままでいたら、タイミングよく声がかかった。

 案内してくれていた女性が、タリアの前へスっと右手を差し出すと、目の前の扉が開いた。

 ルドランは、慣れた手つきでタリアを部屋の中までエスコートすると、するっと髪を撫でて離れた。

「お預かり致します」

「うん、よろしく」

 そんなやりとりがあって、ルドランが頷いて──タリアは一人になった。





 その後のことはあまり思い出したくない。

 もちろん実際にタリアが一人きりになってしまった訳ではなく、部屋には女性店員が何人かいた。

 そして、女性しかいなかったとはいえ、裸にひん剥かれてあちらこちらを触られた──採寸とは言っていたのだが。事情がわからないタリアには何を採寸しているのか理解ができない。

 しばらくしてから、コルセットで身体をぎゅうぎゅうと締め付けられて悶絶した。
 それから、色とりどりのドレスが運び込まれたと思ったら、試着して欲しいと言われ取っかえ引っ変え着せられた。

 店員の一人が、その様子を見ながら何かをメモしているが、何をしているのだろうか。タリアの身体のサイズを測ってどうしようというのか?

 いや、もしかしたらドレスを作るのかもしれないが、別段タリアの好みも聞かれなかった。
 第一、タリアにはこんな高級店でドレスを買うような余裕はない。

 ちなみにメモ役の店員は、何を書いているか聞いても教えてくれなかった。

 もう全てにおいてくたくたである。

 体力も精神力もとっくにゼロである。

 ドレスは重いし、その下に身につけるコルセットはキツい。

 恐る恐る聞くと、貴族の女性であればこうしたことは当たり前との事だった。
 夜会やパーティーなどの予定が入る度に、こうして新しいドレスを作りに来るそうだ。
 普段既製品の服しか着ないタリアには、到底想像できない習慣だった。

 タリアが試着したドレスには、値札がついていなかったが、一着作るのにも相当お金がかかりそうなことは想像にかたくない。
 小さなテーブルにお菓子やお茶が置いてあって、いつでもつまめるように準備されていた。最初は味見する気満々だったのだが、途中からそんな気力も湧いてこなくなった。

「お連れ様の準備が終わったようですので、こちらへ」

 コルセットの紐が解かれてようやく元の服に戻ったタリアは、この店に来て初めて現実を実感した。
 あまりにしんど過ぎて、逆に夢かと思っていた。

 そしてまた、来た時と同じ女性に導かれて部屋を出る。




「やぁ、タリア。僕の服はどうかな?」

 導かれた部屋に入ると、正装をしたルドランが嬉しそうに近寄ってきた。
 
 今日、待ち合わせ場所に現れた時から思っていたが、ルドランは案外身体つきがいい。男の人だけあって肩幅は広めだし、胸にも厚みがある。

 こうしてピッタリサイズの服を着ると、割と鍛えられている様子が見て取れる。昨日みたいなヨレヨレの服ではわからなかったのだろう。身体にピッタリした服を着ると際立って見える。

 それに、思っていたより背も高い。
 そういえば昨日は猫背だった気がする。
 キチンとした服を着ると、姿勢までしゃんとするものなのかとタリアは感心した。

「似合ってる、と思うわ」

「そう言って貰えて嬉しいな」

 そう伝えると、彼が言葉通り嬉しそうに笑った気配がした。

(後は……)

と、ふと思う。

 このボサボサの髪さえどうにかすれば、例え顔が悪くてもそれなりになるのではないだろうか?

 この前髪が……。

 思っただけのつもりだったが、いつの間にか手を伸ばしていたらしい。
 鳥の巣のように絡み合った前髪に指先が触れるその前に、パシッと掴まれハッとする。

「あっ、ごめんなさい」

「いや、ここには他の人もいるから。僕としては触れてくれるなら二人きりの時がいいなぁと思って」

「ちが……そういうのじゃなくて……」

「じゃあ、どういうつもりだった?」

 タリアの手を掴んだまま引き寄せると、ルドランは耳元で嘯いた。
 気がつくと店員たちの視線が注がれている。高級店だから誰一人として声を漏らすことがなかったが。

「……違うの、そうじゃなくて」

 タリアは真っ赤に染まった顔で反論したが、それは消え入りそうな声だった。

 手を引っ込めようとしたが、なかなか離して貰えない。

「は、離して……」

 タリアが震え声で言うと、ルドランは楽しそうに応えた。

「僕が着替え終わるまで、いい子で待っていてくれるなら離してもいい」

「わ、わかったから。待つわ。だから離して……」

「約束だよ?」

 何なのだろう、この恥ずかしさは。

 もう恥ずかしさの限界値だった。
 こんな約束さえしなければ、本当は店から逃げ出してしまいたかったくらいだ。
 
 彼の髪のことはとりあえず後だ。
 とにかく今は早く店を去りたくて仕方がない。




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