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(10)看板のない店
しおりを挟む「ははは……剥製?!」
「……の、レプリカじゃない? ほら、ここに書いてある」
「あ、本当ね。びっくりしたわ」
タリアは、ルドランに連れられて来た店で、生きている人間そっくりの剥製(の、レプリカ)を見つけてビクビクしていた。
女性の剥製(の、レプリカ)だったが、今にも動きそうなそれは本物の人間じゃないかと見間違うほどで。
まつ毛や眉毛などの細かいところや、肌の質感までも緻密に再現されている。
何より驚いたのは、その瞳だった。まるで生きているかのようにキラキラと輝くそれは、ぬいぐるみの目玉ビーズのような無機質な感じが全くしない。
「すごい……本当に生きてるみたいだわ」
ここまで模倣できる技術にびっくりだし、値段を見て再度びっくりだった。
(ゼ……ゼロが多い! こんなお金があったら一生暮らしていけるわ……)
最初にルドランに連れてこられたのは、何とも怪しげな店だった。
その店は、普段は足を踏み入れない、治安のよくない裏通りのそのまた奥にひっそりと開店していた。
看板はなく、どこからどう見ても他人の家にしか見えないそこへ、呼び鈴もノックもせずにズカズカと踏み込むルドランにタリアは慌てた。
しかし一歩足を踏み入れたそこでは、商品を陳列したガラス戸棚がひしめき合っていた。
(懐かしいわ、この感じ──)
祖父がまだ生きていた頃の話だが、タリアはおじいちゃん子だった。
その祖父によく連れてきてもらった古道具店の店内に似ている。
ただ、ここに置いてあるのはもっと怪しげなものばかりだったが。
「魔力回復の薬──エーテル」
「ドラゴンの宝玉の欠片」
「海魔のヒレ」
「一角獣の寝床の藁」
名を連ねているのは、どれも伝説上でしか知らない生き物ばかりだ。
そして、ガラスケースの内側のものはどれもこれもバカ高い。
「妖精の羽──のレプリカ?」
ふと、平台の上にぞんざいに置かれているそれが気になった。
店内の電飾の光を受けて、虹色に反射しているそれは、とても目を引く。
値札には『妖精の羽のレプリカ』とかかれ、鎖をつけてペンダントに仕立てられていた。
(これ可愛いかも! それに、これなら私でも買えそうじゃない?)
ゼロの数を数えてみる。
レプリカだからなのか他の商品に比べれば、かなり安い気がした
「行こうか。何か気になるものでもあった?」
「あ、ううん。大丈夫」
しばらく、タリアから離れてどこかに行っていたルドランがそばに戻ってきた。
自意識過剰かもしれないが、何故か自分に好意を抱いているらしき彼の前で「これが欲しい」と言うのはおねだりするようで躊躇われた。そんな柄じゃない。
今日は彼の買い物に付き合うはずだったのだからこれでいい。
店の場所を覚えておいて、また今度の休みに来れば問題ないだろう。
タリアはそう結論づけてルドランと一緒に店を後にした。
次の休みには既に店自体がなくなっているということを、今のタリアは知る由もなかった。
「うわぁー! 美味しそうね!」
次に連れてこられたのは、店頭で調理パフォーマンスを行ってる店だった。
大きな鉄板に何ヶ所も丸い窪みがあり、そこへドロっとした液体を流し込む。
すると、みるみるうちにぶわっと膨れ上がって、丸いパンのようになる。焼きたてのそれにナイフを入れ、手早くハムや野菜などを挟んで仕上げにソースをかけていく。
スフレグサンドというらしい。
「美味いよ。食べる?」
「食べたい!」
そういえば、朝から何も食べていなかったのを思い出した。
ヨダレが出そうな口元を抑えてコクコクと頷く。
タリアの言葉を受けて、ルドランの口元は弧を描いた。
「おっちゃん、それ二つ頂戴。そう、その肉のやつと野菜のやつ。チーズも挟んでくれる?」
「はいよ! 毎度ありぃっ!」
焼き上げていた男はニカッと笑うと、鉄板の上の溶けたチーズをすくってサンド二つの中にかけた。
それから、手早くワックスペーパーで包むと、ルドランに紙包みをぽんと二つ手渡した。そして、タリアの方をチラッと見た。
「?」
タリアが首を傾げてると、男はさらにその上に小さめの細長い包みを一つ乗せた。
「これオマケね。彼女と半分ずつしなよ? 試食も兼ねてるから、美味かったらまた買いに来てくれよな!」
「おっ、ありがとう!」
ルドランは、野菜の入った方をタリアに手渡し、歩きながら包みを開け始めた。
「え、ちょっと! まさか、歩きながら食べるの?!」
タリアが驚くと、彼は愉快そうに口角を上げた。
「たまにはいいよ」
「そ、そうね……」
行儀が悪いとは思う。
しかし、当たりを見回してみると、意外にも食べ歩きをしている人間が少なくなかった。中には骨付き肉にかぶりついている人すらいる。
タリアたちが食べながら歩いても咎められることはなさそうだ。
リュシーだったら、タリアが女性らしくない行動をとるのを嫌がっただろう。
リュシーならば──。
「よし。私も食べるわ!」
もう、お嬢様に擬態しなくてもいいのだ。
別れたのに、人の頭の中に現れて行動を制限してくるのはやめて欲しい。
ムカつくから、想像のリュシーが嫌がることをしよう。
少しクリーム色がかったふわふわする生地に、新鮮そうなピカピカの野菜が挟んである。
(いっただきまーす!)
大口を開けてかぶりつくと、サクッフワッジュワ~という食感に続いて、口中に野菜の甘みが広がった。
「美味しいっ!」
思わず声を上げてしまうほど美味しかった。
紙包みで保温されたサンドは、まだしっかり温かさを保っていた。
外側は焦げ目がついてサクッとしているが、内側の生地がしっとりしている。野菜と一緒に齧ると、生地に使われている卵の濃厚な風味とチーズのコクがより濃くなった。
生地が野菜の甘味を包み込み、少し酸味のあるソースが更にそれを引き立てている。
(美味しい! 幸せ!)
タリアは満面の笑みで頬張った。
また絶対買いに来よう。
心の中で、店の名前と場所をメモした。
その様子を見たルドランからは、満足そうな視線が注がれていたが、タリアがそれに気づくことはなかった。
その後、小さな方の包みを開けて二人が覗き込むと、きつね色の細長いパイのようなものが現れた。
男に言われたようにルドランがパイを半分に割ると、ザクザクという音とともに、甘酸っぱい香りが広がった。
どうやら、フルーツとクリームをくるりとパイ生地で包んだものらしい。もちろん文句なしの美味しさだった。
「あー、美味しかった! お腹いっぱい!」
「美味かった?」
「ええ!」
「はは、それはよかった!」
美味しいものを食べると幸せになる。
幸せになると、気持ちも緩むというものだ。
ルドランに最初に抱いてた少しの警戒も、もはや完全に消え去っていた。
我ながらチョロい女だと思う。
でも、今はこの幸せにひたっていたい気分だ。
「ジュース買ってきたけど、飲む?」
「うん、ありがとう」
フルーツのロールパイに悪戦苦闘している間に、飲み物を買ってきたらしいルドランは、それをタリアに手渡した。
「これも美味しい!」
「そう? 僕にも飲ませて」
すっとルドランが手を出したので、タリアはごく自然に飲み残したジュースを手渡した。
ルドランが同じジュースに口をつけてやっと、気づいた。
(なっ……それ、私がさっき口つけたストローでしょ?!)
いや、きっと友人のノリだろう。
タリアも、友だちとジュースを交換して飲んだことが──ない。
あれ?
これは普通なのだろうか?
しかし、こんなこと如きで、いちいち反応する方が恥ずかしいのかもしれない。
結果、無言のまま顔を赤らめて俯いただけになってしまった。
「そうだ。もう一つだけ付き合って欲しいところがあるんだけど……」
「いいわ、行きましょ!」
タリアは気恥ずかしさを誤魔化すように、被せ気味に答えた。
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