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(9)デートじゃないんだから!
しおりを挟む「ああぁぁぁぁぁぁ」
(何してくれてるのよ、昨日の私ぃ?!)
叫び(唸り?)声を上げたのは、丸投げされた翌日のタリアである。
後悔しているのは昨日の夜のこと全てである。
不可抗力とはいえマデリーンにお酒を飲ませてしまったこと。
ルドランに頼んで彼女を運んでもらったこと。
その対価にデートを要求されて承諾してしまったこと。
何もかも放り投げて眠ってしまったこと──全てだ。
ちなみにマデリーンは、朝一で飛び起きると平謝りして帰っていった。
朝ごはんくらい食べていけばいいのにと誘ったが、仕事前にシャワーを浴びて服も着替えたい、とにべもなく断られてしまった。
「服なんか普段通りでいいのよ、普段通りで! 来ないかもしれないんだし!」
そして現在、タリアは鏡の前で何かと戦っていた。
「いや、あれは本気だった! あの男は絶対来る! 服どうしよう~」
デートなんて久しぶりだ──そう思ったけど、そういえば別に久しぶりじゃなかった。
あの悪夢の建国祭の日も、一応デートの約束だったのだ。
タリアの星花はあの日、バラバラに砕け散ってしまったけれど。
リュシーは『ザ・お嬢様』みたいな格好が好きだった。
だから、タリアのワードローブは、可愛らしいワンピースでいっぱいだった。
(本物のお嬢様と付き合えてよかったわね、リュシー……)
ビリビリ──ッ!
「はっ! いけない!」
気がついたら、手にしたワンピースの裾を引き裂いていた。
タリアは破れたワンピースを皮切りに、ワードローブの中のワンピースを片っ端からゴミ袋の中に詰めていった。
「これは、去年の建国祭で着たの」
あの時は赤い星花をお互いにつけて一晩中一緒に踊った。
「これは、デカランシーにピクニックに出かけた時の」
春が訪れて間もない郊外の丘へ行ったら、薄手のワンピースが思いのほか寒くて、リュシーが上着を貸してくれたんだっけ。
「これは、一緒に迷い猫を拾った時の」
デート中に怪我をした仔猫を見かけて、放っておけなかったタリアは、リュシーと二人でその仔猫を何とか保護した。
リュシーはとにかく引っかかれて傷だらけになってたっけ。ああ見えて意外と面倒見はいいのだ。
「これは……初めてキスした時の……」
知らず涙が込み上げてくる。
わかってはいるけれど。
自分から手放したのだけれど。
これを着てももう、あの頃の幸せな気持ちには戻れない。そう思うと、自分の中の感傷的な部分がか細い悲鳴をあげるのだ。
タリアは思い出に蓋をして、ワンピースを袋に詰める作業に意識を戻した。
「ふう……こんなものかしら? って、何やってるのよ私ぃ──っ!? 早く着替えなきゃ!」
重い思い出の詰まったワンピースの消えたワードローブは、随分とがらんとしていた。
とりあえず奥の方から引っ張りだしたセットアップに着替えた。職場の制服とあまり代わり映えしないが、仕方がない。
(これはデートじゃないの。買い物に付き合うだけ。それだけなんだからね)
ウキウキしてる訳ではないが、何だか気持ちが浮ついているのは否めない。
◇◇◇
(うわぁ……何か緊張してきた……)
結局いつもと代わり映えのない服に、髪だけ下ろしていくことにした。
デートだと意識してしまうと、途端にドキドキする。
自分でもどうかと思う。長年の恋人に振られた──じゃなくて振ったばかりなのに。
落ち込んでる自分の半身が心の奥底から、『私はまだこんなに悲しんでるのに』とでも言いたげに、浮かれたタリアをじっと見つめている。
(違うから!そんなんじゃないから!)
絶対に、楽しみになんかしてないんだから!
「悪い、待たせた?」
「ひゃっ!?」
心の中のもう1人の自分に必死で弁解していたら、突然声をかけられて驚いて飛び上がる。
「まままま……待ってないわよ?」
「そう、よかった」
(あら?)
どうやら急いできたらしい。待ち合わせ場所に現れたルドランは、少し息切れをしていた。
それにしても、何だか昨日とは印象が違う気がする。
顔を覆い尽くすようなボサボサの髪の毛はそのままだが、シャツには清潔感がありパリッとしている。
だから、綺麗なマネキンの上に大きな毛玉が乗っているような違和感はあるが。
首から下だけを見れば、昨日マデリーンにさんざっぱら悪口を言われていた人間と同一人物とは思えない。
「デートだからね、顔はどうにもならないから服装だけ」
少しだけ感心していると、またこちらの心を覗いたかのような発言をされる。
「普段からそういう格好してればいいのに」
この格好ならば変なあだ名も付けられないだろうに……と思ったが、そういやあだ名の大半が職務態度についてのものだった。
つい思ったことが口に出てしまった。
大して彼のことを知りもしないのに大きなお世話だった──タリアはそう後悔したが、彼は全く気にしないようで。
「朝弱いんだよな」
大きな欠伸をしながらそう返した。
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