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(8)お礼は後払いで
しおりを挟む「あの、ありがとうございました」
タリアはペコッと頭を下げた。
結局、彼は、公務員宿舎にあるタリアの部屋までマデリーンを背負って運んできてくれた。
昼寝ばかりしてるという話だったから、勝手にひ弱なイメージを持っていたが、存外体力があるようだ。
マデリーンはタリアのベッドに寝かせてある。幸せそうに口をもごもごしていたので、まだ食べ物の夢を見ているのかもしれない。
不本意だが、タリアはソファで寝るしかないだろう。
昼間のアクシデントのせいもあって、いつもの何倍も疲れた気がする。
シャワーは明日の朝に浴びよう。
「どういたしまして。いい部屋だねここ。落ち着くよ」
ルドランが、物珍しげに部屋の中を見回しながら言った。
そう、ルドランは今、タリアの部屋に上がっていた。
マデリーンをベッドまで運ぶためとはいえ、男子禁制の宿舎に招き入れるのはずいぶん勇気が要った。
できれば宿舎の入口で解散したかった。
しかし、具合の悪いことに、タリアの部屋は宿舎の二階にあるのだ。マデリーンを引きずって階段を昇る訳にはいかないし、自分が背負ったとして階段で転びでもしたら笑えない。
緊急措置だ。
仕方がない。
仕方がないが、落ち着かない。
女子専用の宿舎に男性を招き入れるのはもちろん規約違反だ。即日追い出されてもおかしくない。
タリアは遠い目をしながら思った。
管理人にバレたら大変だ。大変だからできれば早く帰って欲しい。
しかし、当の本人は、ソファに座り込んで動く気配がない。彼にはマデリーンを運んでもらった恩があるから、無碍にするわけにもいかない。
困ったタリアはとりあえずお茶を出すことにした。
飲み終わったら解散すればいいのだ。
「お、お茶でもどうぞ」
「ありがとう」
嬉しそうにティーカップに手を伸ばすルドラン。
その所作が綺麗で、一瞬見惚れた。こんなナリさえしていなければ、いいとこのお坊ちゃまと言われてもおかしくない気がする。
「いえ、本当に助かりました」
「君の助けになったなら嬉しいね。こんなことでいいならいつでも頼って欲しい」
いや、できれば頼るのは今回限りにしたい。
「何かお礼をするように、マデリーンに言っておきますね」
「お礼……?」
「あっ、えっとその……お礼はマデリーンが……」
「タリアさんにお礼をしてもらえるなんて嬉しいね」
「いや、だからマデリーンがね……」
「明日休みだよね?」
「…………」
人の話を聞け!
そして、確かに明日は休みを取ったが、それを何故彼が知っているのだろうか。
タリアが課長に有休の申請書を出したのは帰り際だ。現時点でタリアの休暇を知るのは、申請書を受け取った課長と、一緒にいたマデリーンだけのはずだった──この人怖い。
(この人まさかストー……)
「別にストーカーとかじゃない。さっき居酒屋で君が友人に話すのが聞こえただけだから」
まるで心の中を読んだかのように、ルドランはストーカー説を否定した。
「それで、今日のお礼の件なんだけど、明日は僕も休みなんだ。一日僕の買い物に付き合って欲しい」
「マデリーンが?」
「タリアさんが、だよ。彼女を運ぶように頼んだのはタリアさんだしな。大体、マデリーンさんは明日休みじゃないだろ?」
「う……それはそうですけど……」
言い淀むタリア。
だが、たった一日だ。気分転換にちょうどいいかもしれない。
どうせ明日一日部屋に一人でいたら、また悶々とするに決まってる。
「はぁ……わかりました」
「──約束だからな」
音も出さずにティーカップを置くと、ルドランは立ち上がった。
やっと帰ってくれるらしい。
疲れ果てていたタリアは、ほっとした。
これでやっと寝られる。
玄関まで送ると、ルドランが振り返って言った。
「明日の昼頃、この宿舎前に迎えに来るから待ってて」
「あ、ええ、わかりました」
「ああそうだ。同僚なんだし敬語じゃなくていいよ。僕のこともルドランって呼び捨てにして欲しい」
「わかりまし……わかったから」
「僕もタリアって呼び捨てにしてもいいかな?」
「好きに呼んでくれていいから」
早く帰って欲しい。
もう、身体が泥のように重い。
気を抜くと、その場で眠り込んでしまいそうだった。
とりあえず、何もかも全部明日の自分に丸投げしよう。返却は不可だ。
「あーもう限界……!」
ルドランが帰った直後、タリアはソファに倒れ込むようにして眠った。
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