7 / 29
(7)偶然ですね
しおりを挟むあの後、何食わぬ顔をして仕事に戻ったが、職場ではまさに針のむしろ状態だった。思い出すと憂鬱になる。
よほど気になったのか、スチュアートもまた話しかけてこようとしていた。
地雷客に対応してくれたのは彼だ。
理由を話す義務があるかもしれないと思ったが、マデリーンが容赦なく追い払っていた。
「自棄になっちゃダメよ、タリア! あんなボサ男にタリアは勿体ないわ!」
「ボサ男って──ふふっ」
確かに髪は伸ばし放題でボサボサだったし、無精髭も生えていた気がする。
シャツはヨレヨレで、制服のベストにはケチャップらしき染みがついていたような──タリアは思い出してクスッと笑った。
「あのマウント女は元カレとの仲を見せつけることが狙いなのよ? それなのにあんなだっさい男連れてったらますますあっちの思うつぼじゃないのよ?!
そんなことになるくらいなら、私の兄を紹介するから連れていきなさい! 性格はちょっとアレだけど、顔は割とまともなんだから!
ああっ、でも、タリアは綺麗だから兄さんに目をつけられたらいけないわ。お飾り彼氏とかにはちょうどいいんだけど、あんなクソ兄貴と結婚とか無理──でも、クソ兄がタリアが結婚したら、タリアと姉妹になれるわねぇ……。いやいやいや、やっぱりないわ!
じゃあ、ちょっと遠いところに住んでるんだけど従弟とかどう? すぐに呼べば来週のパーティーには間に合うように来られるかもしれないし!」
「どうって言われても……」
タリアは苦笑した。マデリーンの妄想癖は今に始まったことではないが、今夜は特に酷い気がする。
「悪いことは言わないから、アイツだけは絶対に止めなさいよ? タリアはあの男がなんて呼ばれてるか知ってる?」
ぷりぷりしながら骨付き肉を豪快にかじるマデリーンは、そんなタリアに気づかない。
「庶務課の穀潰し、給料泥棒、サボリキング、昼行灯、妖怪顔なし!」
「ぷっ……」
随分と沢山のあだ名があるものだ。
それにしても、同じ役場で働いてるのに今まで顔を合わせたことがないのが不思議だった。
「ああ、それはアイツが、就業時間のほとんどを自分の席で寝て過ごしてるからだと思うわ。あんな勤務態度で、何でクビになんないのかしら、ねぇ?」
マデリーンは首を捻っていた。
確かに、その話が本当ならば見覚えがないのも頷ける。
「ホントに……何であんな男と付き合うことにしちゃったのよぅ……タリア~」
付き合ってる訳ではない。まだ完全に同意はしていない。全くの他人から職場の顔見知りくらいに昇格はしたが、恋人とは程遠い。
そうマデリーンに伝えようとしたタリアは、彼女の様子がおかしいことに気づいた。
「マデリーン、あなたお酒でも飲んだ? 顔が赤いわ」
「お酒なんて飲んれないわよぅ。私飲めないんらかや……ジュース、ジュースらかやこれぇ~」
「あっ、それ私のお酒だわ。大変! ちょっと、お水飲める? ほら、マデリーンしっかりして!」
飲みたい気分だったタリアは、少しキツめのカクテルを頼んでいた。マデリーンは、それを間違えて飲んでしまったようだ。
自分はお酒に強い方で一杯飲んだくらいでは酔っ払いやしないが、彼女は違ったらしい。
タリアは慌てて水を飲ませようとしたが、時遅し。
彼女は幸せそうな顔をしながら、テーブルに突っ伏してしまった。
「マデリーン、起きてぇ……」
今日はとことん厄日なのだろう。今すぐ帰って寝てしまいたい気分だったが、さすがにマデリーンをこのままにはしておけない。
「どうしよう」
起こしてみて起きればいいが、ちょっと揺すったくらいではうんともすんとも言わなかった。目を覚ますのがいつになるかもわからない。
少なくとも店は出た方がいいだろうが、マデリーンの家や彼女の友人の連絡先などを、タリアが知ってる訳もなく。
そうなると、自分の部屋へ運ぶしかない。
しかし困ったことに、ここから宿舎までは少し距離がある。
タリアは筋骨隆々の騎士でもなんでもない。しがない役場の職員だ。
一方のマデリーンは小柄とはいえ、一般的な成人女性である。運ぶのはちょっとどころではなく無理がある。
「あぁ、もう、マデリーン起きてよー!」
「んんーもうお腹いっぱいらかや……デザート……デザートちょうらい……むにゃむにゃ」
酔っ払う前にあれだけ食べていたのに、まだ食べ物の夢を見るのか。
しかもデザートを要求している。
そして起きる気配は全くない。
「はぁ……何とかするしかないわよね」
いよいよ覚悟を決めて呟いたその時──。
「手伝おうか?」
「ひ……っ!?」
突然背後から声をかけられてタリアは、肩をビクッと揺らした。
「あっ……」
果たしてそこに立っていたのはルドランだった。
「偶然ですね」
「そ、そう……偶然ね」
「何か困り事だったみたいだから、声をかけたんだけど……迷惑だったかな?」
「い、いえ……そんなことないわ」
何故ここに──そう思ったが、その言葉は飲み込んだ。もし、彼にマデリーンを運んで貰えたら助かるだろう。一瞬、そんな思いが頭を過ったからだ。
職場では、何故か恋人宣言されてしまったが、実際のところは今日会ったばかりのほぼ知らない人だ。友人の身を預けて大丈夫だろうか?
とはいえ、自分の部屋に運ぶのだから当然タリアも付き添う。タリアが側で見張っていれば、酔った友人にも悪いことなんてできないだろう。
──よし、運んでもらおう!
数十秒の熟考ののち、タリアは決心した。
立っているものは親でも使えと言う言葉もある。
きっと彼がここにいたのは神の采配だ、偶然だ、そうに違いない──そう考えなければ、ちょっと怖い。
「お言葉に甘えるようですみません。できれば彼女を私の部屋まで運んで頂けないでしょうか?」
「お安い御用だよ。公務員の宿舎に住んでるよね?」
「えっ? ……あ、はい。では、私は会計を済ましてくるので、少しの間彼女を見ていてくれますか?」
「あぁ、ご心配なく。君達の会計なら僕が済ませておいたから。僕が彼女を背負うから、タリアさんは鞄を持ってきてくれるかな?」
「え゛……」
びっくりし過ぎて変な声が出た。
しかし、彼はタリアにそれ以上考える時間を与えず、驚くほど手際よくマデリーンを背負い、その鞄をタリアに手渡した。
「さぁ、行こうか」
「は、はい!」
だから、さっさと店から去ろうとする彼の背中に向かって、彼女の頭に浮かんだのは(あんな前髪でよく前が見えるわね)という、何とも間抜けな疑問だった。
20
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?
イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える――
「ふしだら」と汚名を着せられた母。
その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。
歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。
――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語――
旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません
他サイトにも投稿。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。
キーノ
恋愛
わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。
ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。
だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。
こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。
※さくっと読める悪役令嬢モノです。
2月14~15日に全話、投稿完了。
感想、誤字、脱字など受け付けます。
沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です!
恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる