【完結】幼なじみのクズ男から乗り換えます!

真辺わ人

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(7)偶然ですね

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 あの後、何食わぬ顔をして仕事に戻ったが、職場ではまさに針のむしろ状態だった。思い出すと憂鬱になる。

 よほど気になったのか、スチュアートもまた話しかけてこようとしていた。
 地雷客に対応してくれたのは彼だ。
 理由を話す義務があるかもしれないと思ったが、マデリーンが容赦なく追い払っていた。

自棄やけになっちゃダメよ、タリア! あんなボサ男にタリアは勿体ないわ!」

「ボサ男って──ふふっ」

 確かに髪は伸ばし放題でボサボサだったし、無精髭も生えていた気がする。
 シャツはヨレヨレで、制服のベストにはケチャップらしき染みがついていたような──タリアは思い出してクスッと笑った。

「あのマウント女は元カレとの仲を見せつけることが狙いなのよ? それなのにあんなだっさい男連れてったらますますあっちの思うつぼじゃないのよ?!
 そんなことになるくらいなら、私の兄を紹介するから連れていきなさい! 性格はちょっとアレだけど、顔は割とまともなんだから!
 ああっ、でも、タリアは綺麗だから兄さんに目をつけられたらいけないわ。お飾り彼氏とかにはちょうどいいんだけど、あんなクソ兄貴と結婚とか無理──でも、クソ兄がタリアが結婚したら、タリアと姉妹になれるわねぇ……。いやいやいや、やっぱりないわ!
 じゃあ、ちょっと遠いところに住んでるんだけど従弟とかどう? すぐに呼べば来週のパーティーには間に合うように来られるかもしれないし!」

「どうって言われても……」

 タリアは苦笑した。マデリーンの妄想癖は今に始まったことではないが、今夜は特に酷い気がする。

「悪いことは言わないから、アイツだけは絶対に止めなさいよ? タリアはあの男がなんて呼ばれてるか知ってる?」

 ぷりぷりしながら骨付き肉を豪快にかじるマデリーンは、そんなタリアに気づかない。

「庶務課の穀潰し、給料泥棒、サボリキング、昼行灯、妖怪顔なし!」

「ぷっ……」

 随分と沢山のあだ名があるものだ。
 それにしても、同じ役場で働いてるのに今まで顔を合わせたことがないのが不思議だった。

「ああ、それはアイツが、就業時間のほとんどを自分の席で寝て過ごしてるからだと思うわ。あんな勤務態度で、何でクビになんないのかしら、ねぇ?」

 マデリーンは首を捻っていた。
 確かに、その話が本当ならば見覚えがないのも頷ける。

「ホントに……何であんな男と付き合うことにしちゃったのよぅ……タリア~」

 付き合ってる訳ではない。まだ完全に同意はしていない。全くの他人から職場の顔見知りくらいに昇格はしたが、恋人とは程遠い。

 そうマデリーンに伝えようとしたタリアは、彼女の様子がおかしいことに気づいた。

「マデリーン、あなたお酒でも飲んだ? 顔が赤いわ」

「お酒なんて飲んれないわよぅ。私飲めないんらかや……ジュース、ジュースらかやこれぇ~」

「あっ、それ私のお酒だわ。大変! ちょっと、お水飲める? ほら、マデリーンしっかりして!」

 飲みたい気分だったタリアは、少しキツめのカクテルを頼んでいた。マデリーンは、それを間違えて飲んでしまったようだ。

 自分はお酒に強い方で一杯飲んだくらいでは酔っ払いやしないが、彼女は違ったらしい。

 タリアは慌てて水を飲ませようとしたが、時遅し。
 彼女は幸せそうな顔をしながら、テーブルに突っ伏してしまった。

「マデリーン、起きてぇ……」

 今日はとことん厄日なのだろう。今すぐ帰って寝てしまいたい気分だったが、さすがにマデリーンをこのままにはしておけない。

「どうしよう」

 起こしてみて起きればいいが、ちょっと揺すったくらいではうんともすんとも言わなかった。目を覚ますのがいつになるかもわからない。
 少なくとも店は出た方がいいだろうが、マデリーンの家や彼女の友人の連絡先などを、タリアが知ってる訳もなく。

 そうなると、自分の部屋へ運ぶしかない。

 しかし困ったことに、ここから宿舎までは少し距離がある。
 タリアは筋骨隆々の騎士でもなんでもない。しがない役場の職員だ。
 一方のマデリーンは小柄とはいえ、一般的な成人女性である。運ぶのはちょっとどころではなく無理がある。

「あぁ、もう、マデリーン起きてよー!」

「んんーもうお腹いっぱいらかや……デザート……デザートちょうらい……むにゃむにゃ」

 酔っ払う前にあれだけ食べていたのに、まだ食べ物の夢を見るのか。
 しかもデザートを要求している。
 そして起きる気配は全くない。

「はぁ……何とかするしかないわよね」

 いよいよ覚悟を決めて呟いたその時──。

「手伝おうか?」

「ひ……っ!?」

 突然背後から声をかけられてタリアは、肩をビクッと揺らした。

「あっ……」

 果たしてそこに立っていたのはルドランだった。

「偶然ですね」

「そ、そう……偶然ね」

「何か困り事だったみたいだから、声をかけたんだけど……迷惑だったかな?」

「い、いえ……そんなことないわ」

 何故ここに──そう思ったが、その言葉は飲み込んだ。もし、彼にマデリーンを運んで貰えたら助かるだろう。一瞬、そんな思いが頭を過ったからだ。

 職場では、何故か恋人宣言されてしまったが、実際のところは今日会ったばかりのほぼ知らない人だ。友人の身を預けて大丈夫だろうか?
 とはいえ、自分の部屋に運ぶのだから当然タリアも付き添う。タリアが側で見張っていれば、酔った友人にも悪いことなんてできないだろう。

 ──よし、運んでもらおう!

 数十秒の熟考ののち、タリアは決心した。

 立っているものは親でも使えと言う言葉もある。
 きっと彼がここにいたのは神の采配だ、偶然だ、そうに違いない──そう考えなければ、ちょっと怖い。

「お言葉に甘えるようですみません。できれば彼女を私の部屋まで運んで頂けないでしょうか?」

「お安い御用だよ。公務員の宿舎に住んでるよね?」

「えっ? ……あ、はい。では、私は会計を済ましてくるので、少しの間彼女を見ていてくれますか?」

「あぁ、ご心配なく。君達の会計なら僕が済ませておいたから。僕が彼女を背負うから、タリアさんは鞄を持ってきてくれるかな?」

「え゛……」

 びっくりし過ぎて変な声が出た。

 しかし、彼はタリアにそれ以上考える時間を与えず、驚くほど手際よくマデリーンを背負い、その鞄をタリアに手渡した。

「さぁ、行こうか」

「は、はい!」

 だから、さっさと店から去ろうとする彼の背中に向かって、彼女の頭に浮かんだのは(あんな前髪でよく前が見えるわね)という、何とも間抜けな疑問だった。
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