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(6)マウント女に乗っかる男
しおりを挟む「だーかーらぁ、待っててって言ったのになぁ……」
ぷうっと頬を膨らませながら、マデリーンが不服そうに呟く。
「本当にごめんね」
友人のその怒りは、自分のためのものだ──その事を少し嬉しいと思ってしまう自分がいた。
頬を膨らませるのは子供じみたしぐさだが、童顔系のマデリーンがやると何とも微笑ましい。
「断っちゃいなさいよ!」
タリアが手元で弄んでいた封筒を、ビシッと指さしてマデリーンは言った。
「うーん、でもお貴族様の招待って断っても大丈夫なのかしら?」
「う……確かに……断ると面倒くさそうだったわね、あの女。完全にマウント取りに来てたもんねぇ。お貴族様だかなんだか知らないけど、あのあざとい感じは腹立つ!」
「まぁねぇ……」
タリアは、テーブルに運ばれてきた魚の香草焼きをつつきながら相槌を打つ。
「あんたの元カレも元カレよね! あんなマウント女にコロッといっちゃうなんてバッカじゃないの?! ……あ、ごめん、つい……」
「いいのよ。私もそう思って別れたんだもの」
タリアは、仕事後に有無を言わさずこの食堂に引っ張ってこられた。
そして、心配するマデリーンによって、先日の一件を洗いざらい吐かされたのだった。
本音を言うと、まだ他人に相談して笑い話にできるほど自分の気持ちを整理できたわけではなかった。
でも、マデリーンがこうやって怒ってくれると、タリアはみっともなく泣かずに済む。
それに、あんなことがあった今日は尚更、一人になりたくなかった。
「ねぇタリア、その招待断らないにしても、本当にアイツと行くつもり?」
「ああ……」
そうだった、そっちの問題も解決していない。
タリアはマデリーンの指摘で、更に気分が落ちていくのを感じた。
◇◇◇
ジュリアと名乗った貴族風の女性は、タリアを無遠慮にじろじろと眺めながら、一通の封筒を取り出した。
「お会いできてよかったわ! あなたリュシーと幼なじみなんですってね。今度うちでパーティーをやるんだけど、ぜひ来て欲しいのよ! あなたも呼んでいいって言ったのに、リュシーったら遠慮するんですもの。だから、わざわざ私が招待状届けに来てあげたの! 是非パートナーの方同伴でお越しくださいね」
あちこちからの物問いたげな視線が、タリアに突き刺さる。
──やっちゃった。
久しぶりの地雷案件だ。
この女性は間違いなく先日リュシーといたあの女だろう。
それにしてもおかしな話だと、タリアは思った。
リュシーは間違いなくクズ男だが、彼がタリアのことを彼女に話したとは思えない。
浮気現場を目撃されたにも関わらず、リュシーは別れ話にうだうだと文句をつけていた。何とかタリアともよろしくやっていこうという、あれは明らかにそういった魂胆だった。
そうやって関係を断ち切るつもりがない女のことを、仮にも将来の結婚相手に話すだろうか?
浮気を疑われてもおかしくない。それとも目の前の女性は愛人は容認する方向なのだろうか?
(そんな訳ないわね)
もしそれならば、きっと彼女はこの場には来なかっただろう。
彼女がわざわざこんな平民だらけの場所に足を運んだのは、自分が貴族であり、タリアとは違う世界の人間だと見せつけるため。
そして、リュシーは自分のものだとアピールするため。
もしかしたら、職場でタリアに恥をかかせるという目的もあるかもしれないが──まぁ、その目的においては大成功だろう。さっきから突き刺さる視線が痛い。居た堪れない。
こうなったら、封筒を受け取ってさっさと帰ってもらおう。それから課長にお願いして、明日は有休をとってしまおう。
そう決断し、封筒を受け取ろうと一歩前に踏み出したタリアの上に、ふと影が差した。
「……?」
「そのパーティーって僕でも参加できるかな?」
「あ、あなた……」
──さっき資料室で会った怪しい男!
咄嗟にその言葉は飲み込んだが、男は物言いたげなタリアの視線に気づいてニッと笑った。
「あなた、誰?」
訝しげなジュリアの手からすっと封筒を抜き取った男は、それをタリアに手渡した。
「僕の名前はルドラン・ウィゴー。彼女の恋人さ」
ルドランはタリアにもよく聞こえるように、ゆっくりと名乗った。
これはつまりそういうことだ。
話を合わせろと言っているのだ。
「え……」
恋人を奪ってやったはずの女に、即日新しい男ができているとはさすがに思わなかったのだろう。
ジュリアにとっては想定外だったらしく、固まっていた。
しかし、それも数秒のことで、彼女はルドランの全身をジロジロと眺めてから鼻で笑いながら言った。
「まぁ……タリアさんにとてもお似合いの方ですのね。ええ、もちろんよくってよ。リュシーの幼なじみの方の恋人ですものね。大歓迎ですわ、是非参加なさって!」
「さぞ立派なパーティーなんでしょうね。ご馳走が楽しみだなぁ。ねぇ、タリアさん?」
ルドランの口角がくいっと上がって、タリアはドキッとした。
「そ、そうね……」
もう、そう答えるしかなかった。
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