5 / 29
(5)見知らぬ女
しおりを挟む「タリアっ! ──あぁ、いた! よかった! ちょっと戻ってきて!」
開け放たれた入口から姿を現したのは、マデリーンだった。
「えっ? マデリーン? ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないのよっ! 何か面倒臭いことになってるから、とにかく戻ってきてっ!」
「え……でも、あの……」
『また後でね、タリア』
不意にさっきの男の声が耳に届いた気がして、タリアはキョロキョロと部屋の中を見渡した。
しかし、さっきの男の姿は既に消えていた。
(幻?──って、そんな訳ないよね。)
おかしな提案を断りそびれてしまった。
あの様子だと、また次会った時に絡まれそうだ。一瞬でも答えを迷ってしまったのが命取りだったか。
「ねぇ、タリア。知り合いにジュリアって女いる?」
「えっ……あ、ジュリアって? ジュリア……ジュリア──うーん、記憶にはないけど……」
「やっぱり!あの女の嘘だったのね!話なんて聞かずに追い返せばよかったわ!」
「待って、マデリーン。全く話が見えないんだけど」
「あなたの知り合いって女が受付で騒いでるのよ」
「知り合い……?」
「ほら、あの女よ!」
マデリーンは廊下の先を指し示すように、くいっと顎を持ち上げた。
その先に見えるのは役場の受付だった。
なるほど、明らかに場違いな人間がそこに立っているのが見える。
「どうしてもあなたに話したいことがあるから取り次げってうるさいのよ。でも知り合いじゃないなら断ってくるわ。タリアはここで待っ……」
「待って、マデリーン!」
タリアを廊下に残してその女の元へ行こうとしたマデリーンを引き止める。
「その、私が覚えてないだけで本当に知り合いかもしれないし、実はその人の勘違いかもしれない。会って直接話してみるわ」
「……わかったわ。ああいう手順を踏まないような客は、何するか分からないから、何かされそうになったら助けを呼びなさいよ?」
「うん。ありがとう、マデリーン」
お礼を言うと友人はニコッと笑った。
「朝は言いそびれちゃったけど、仕事が終わったらご飯食べに行きましょ。今日は私の奢りよ」
「うん……」
今日は朝から上の空だった自覚はあった。
マデリーンはきっとそんなタリアの心配をしてくれていたのだろう、朝からずっと──。
そう思い当たると、胸が少しポカポカした。
「だから、タリアっていう女を出しなさいって言ってるでしょ?!」
「お客様、職員に個人的な用事でしたら、言伝しておきますので終業後に……」
きゃいきゃいと喚き立てる女性に対応しているのはスチュアートだった。
彼は側に寄ってきたタリアを見つけると、何で来たんだ?という表情をした。
──私も来たくて来た訳じゃないんだけど!?
パッと見だけでも、女性のその姿は異質さが際立っていた。
一目でそれとわかる上等な服を着ている。恐らくだが、この女性は貴族なのだろう。
ますますタリアは首を傾げたくなった。貴族に知り合いなどいないはずだ。
とりあえずこの客は引き取るから、とアイコンタクトをとると、スチュアートは渋々な様子で女性の前をタリアに譲る。
「お客様」
声をかけると、女性は怪訝そうにタリアを見遣った。
「私がタリアですが、何かご用でしょうか?」
女性は一瞬目を見張ったが、次の瞬間嬉しそうに顔を輝かせた。
「あなたが! リュシーに聞いていた通りの方なのね!」
ああ、とタリアは思わず頭を抱えたくなった。
──そっちの知り合いか。
そして、やはりマデリーンに面会を断って貰えばよかったと後悔したのだった。
0
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
安らかにお眠りください
くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。
※突然残酷な描写が入ります。
※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。
※小説家になろう様へも投稿しています。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる