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(5)見知らぬ女
しおりを挟む「タリアっ! ──あぁ、いた! よかった! ちょっと戻ってきて!」
開け放たれた入口から姿を現したのは、マデリーンだった。
「えっ? マデリーン? ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないのよっ! 何か面倒臭いことになってるから、とにかく戻ってきてっ!」
「え……でも、あの……」
『また後でね、タリア』
不意にさっきの男の声が耳に届いた気がして、タリアはキョロキョロと部屋の中を見渡した。
しかし、さっきの男の姿は既に消えていた。
(幻?──って、そんな訳ないよね。)
おかしな提案を断りそびれてしまった。
あの様子だと、また次会った時に絡まれそうだ。一瞬でも答えを迷ってしまったのが命取りだったか。
「ねぇ、タリア。知り合いにジュリアって女いる?」
「えっ……あ、ジュリアって? ジュリア……ジュリア──うーん、記憶にはないけど……」
「やっぱり!あの女の嘘だったのね!話なんて聞かずに追い返せばよかったわ!」
「待って、マデリーン。全く話が見えないんだけど」
「あなたの知り合いって女が受付で騒いでるのよ」
「知り合い……?」
「ほら、あの女よ!」
マデリーンは廊下の先を指し示すように、くいっと顎を持ち上げた。
その先に見えるのは役場の受付だった。
なるほど、明らかに場違いな人間がそこに立っているのが見える。
「どうしてもあなたに話したいことがあるから取り次げってうるさいのよ。でも知り合いじゃないなら断ってくるわ。タリアはここで待っ……」
「待って、マデリーン!」
タリアを廊下に残してその女の元へ行こうとしたマデリーンを引き止める。
「その、私が覚えてないだけで本当に知り合いかもしれないし、実はその人の勘違いかもしれない。会って直接話してみるわ」
「……わかったわ。ああいう手順を踏まないような客は、何するか分からないから、何かされそうになったら助けを呼びなさいよ?」
「うん。ありがとう、マデリーン」
お礼を言うと友人はニコッと笑った。
「朝は言いそびれちゃったけど、仕事が終わったらご飯食べに行きましょ。今日は私の奢りよ」
「うん……」
今日は朝から上の空だった自覚はあった。
マデリーンはきっとそんなタリアの心配をしてくれていたのだろう、朝からずっと──。
そう思い当たると、胸が少しポカポカした。
「だから、タリアっていう女を出しなさいって言ってるでしょ?!」
「お客様、職員に個人的な用事でしたら、言伝しておきますので終業後に……」
きゃいきゃいと喚き立てる女性に対応しているのはスチュアートだった。
彼は側に寄ってきたタリアを見つけると、何で来たんだ?という表情をした。
──私も来たくて来た訳じゃないんだけど!?
パッと見だけでも、女性のその姿は異質さが際立っていた。
一目でそれとわかる上等な服を着ている。恐らくだが、この女性は貴族なのだろう。
ますますタリアは首を傾げたくなった。貴族に知り合いなどいないはずだ。
とりあえずこの客は引き取るから、とアイコンタクトをとると、スチュアートは渋々な様子で女性の前をタリアに譲る。
「お客様」
声をかけると、女性は怪訝そうにタリアを見遣った。
「私がタリアですが、何かご用でしょうか?」
女性は一瞬目を見張ったが、次の瞬間嬉しそうに顔を輝かせた。
「あなたが! リュシーに聞いていた通りの方なのね!」
ああ、とタリアは思わず頭を抱えたくなった。
──そっちの知り合いか。
そして、やはりマデリーンに面会を断って貰えばよかったと後悔したのだった。
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