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(1)幼なじみがクズ男だった
しおりを挟むタリアは激怒した。
確かに今日は約束をしていなかった。
いなかったがこれはないだろう。
視線の先には密着する男女。
タリアのよく知っている男が、タリアの知らない女の肩を抱き、親しげに何か囁いている。
仕事後だしお腹が空いただろうからと、差し入れにと持ってきたパンの袋をぎゅっと握りしめた。
『明日、建国祭に一緒に行こう』
昨日、タリアを誘ったその舌根も乾かぬうちにこれか。
建国祭にプロポーズするとそのカップルは幸せになるというジンクスがある。
だからてっきり今回こそはそのつもりだと思ったのに。
小さな頃から一緒にいて、当然未来も一緒にいるものだと思っていた。
だけどもう。
『おおきくなったらけっこんしようね』
結婚が何かもよく知らなかった、幼き日にしたあの約束は無効というなのだろう。
男女は相変わらず寄り添って会話をしている。
顔が近い──と思ったら二人の顔が重なった。
タリアはくるり、踵を返して背を向けた。
涙が一粒ポロッとこぼれ落ちて地面に吸い込まれた。
◇◇◇
「誤解だよ、タリア! 噂のことなら……」
「誤解じゃないわよ、リュシー。昨日、女の子と仲良くしてる所を実際にこの目で見たんだもの」
「は……話の内容を聞いたのかい?」
「はぁ?! 聞きたいわけないでしょ! 自分の恋人が他の女を口説く台詞なんて」
「聞いてくれ、誤解なんだよタリア!」
誤解って何だろう。あんな事しておいて。
今日は建国祭の当日。
何事も無かった様な顔をして待ち合わせ場所へノコノコとやってきた男──リュシーを、タリアはさっさと路地裏へ引っ張りこんだ。
今日の大通りは祭りで賑わっている。そんな場所で痴話喧嘩などできやしないから。
「あの人は商売先のお嬢さんで、昨日は父さんにどうしてもって言われたからご機嫌とってただけだってば!」
リュシーによると、商売先のお貴族様に気にいられ、彼とあの女の縁談が『勝手に』進んでいるらしい。
「もちろん僕は断るつもりだよ。本当に愛してるのは君だけなんだから!」
切なそうな顔で訴えてくるリュシーに、タリアはちょっと絆されそうになる。
──いやいやいや、チュッチュしてましたやん!
そうだった! タリアはキスの現場を見ている。あれは幻覚なんかじゃない。
「キスしてたわよね? 私見たんだから!」
「目にゴミが入ったって言われたから見てあげただけだよ」
それ、ヒロインが恋人と他の女とのキス現場を目撃したと思ったら、目のゴミを取ってあげてただけだったって言う、誤解の定番じゃん! 見方を変えたら言い訳の定番じゃん!
タリアは思わず、先日読んだ恋愛小説を思い出した。
「彼女とはこのまま結婚させられるかもしれない。でも! いずれ必ず彼女と別れて、愛する君の元へ戻ると誓うよ! だから待っててくれ!」
──はい?
あの女と結婚する気満々だった!
いや、もう結婚した気になってる?
それ、恋愛小説で、親に無理やり結婚させられ、愛する人との仲を引き裂かれたような人が言う台詞──!
小説におけるベタな台詞は、使うタイミングを完全に間違えて最早意味不明だ。
現実を把握してみようか。
二人の仲は引き裂かれたのではない。リュシーが自分で引き裂いたのだ。
もう、リュシーの顔がじゃがいもにしか見えない気がする──きっと百年の恋も冷めたというやつだろう。
いっそマッシュポテトにでもしてやろうか? ──いや、やめよう。こんなクズと比べるなんてじゃがいもさんに失礼だ。
(待っていろもなにも、こちとら何年待ったと思ってるのよ!?)
恐らく彼は、タリアをキープしたまま商売先の条件のいいお嬢さんと結婚するつもりなのだろう。
相手はお貴族様らしいから入婿なのかもしれない。
聞いた話だが、入婿はとにかくストレスが溜まるという。
タリアをキープしておいて、ストレスや性欲のはけ口としていいように使うつもりに違いない。
その辺にいるお花畑脳の女なら、悲劇のヒロインぶれるこのチャンスに飛びついて、感涙にむせび泣きながら男の胸に飛び込んだかもしれない。
「ふっざけんなーっっ!!!」
しかし、今のでプッツンとキレたタリアは叫んだ。大通りまで聞こえてしまうかもしれないが、もう構いやしない。
「た……タリア?」
「何が『待っててくれ』よ!? バッカじゃないの?! このどクズがぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!!」
「ぐばぁっ!」
生まれて初めて繰り出した右ストレートは、隙のない軌道を描いて男の左頬を抉った。
タリア渾身の拳を受けた男の身体は宙に浮いて吹っ飛んだ。
彼の口からなんか色々なものが飛び出ていたがもう知らない。タリアの口からは呪いの言葉が飛び出したが。
「死ね! 禿げろ! もげろっ!」
うわぁーんばかーっ! と、叫びながら路地裏を飛び出すタリア。
こんな男でも好きだったのに。
だけどもう。
涙も出なかった。
昨日帰ってから泣きすぎたのかもしれない。
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