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16.このまま
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「疲れたわ」
帰宅したクリスティンは、自室の長椅子に身を沈めた。
命を削るような時間だった。
「大丈夫ですか、クリスティン様」
脇で控えるメルが心配そうにしている。クリスティンは目元に手の甲を置いた。
「うん。ちょっと、ぼうっとする。帰り際、アルコールを摂ってしまったから」
メルは水差しを取り、グラスに注いで、クリスティンの前に跪いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼からグラスを受け取り、冷えた水で喉を潤し、ふう、と息をつく。
目の前のメルに視線を向けた。
今夜、彼が誰かに告白されていたのを思い出し、じっと見てしまった。
イケメンだ。
(メルはモテるわね)
すると彼は瞼を赤らめた。
「クリスティン様……私の顔に何かついていますか」
「ううん」
クリスティンはもう一度グラスを傾け、水をこくこくと飲む。
「あ、そうだわ」
「?」
「あなたに長期休暇をとってもらってリフレッシュしてもらおうと思っているの」
いつも彼には心労をかけてしまっているので、羽を伸ばしてもらいたい。
しかしメルは即、断った。
「いえ、休暇は必要ありません」
「でも」
彼が休暇を前回とったのは、いつだろう?
思いだせないくらい前である。
メルは強く訴えた。
「クリスティン様のお傍を離れたくはありませんので」
(……メルは仕事熱心ねえ)
クリスティンのことを心配してくれているのだ。
嬉しいが、彼にゆっくりしてもらいたいと思う。身体を壊されたりしたら大変だ。
クリスティンは今度自分が旅行に行き、メルに付いてきてもらって、そこで彼に気分転換してもらおう、と考えた。
彼は、睫を揺らせて言った。
「……ドレス、とてもよくお似合いです」
「そうかしら」
「はい」
クリスティンは自らの姿を見下ろす。
美しく華やかなドレスだが、着るのを躊躇していた。
(でも、メルがそう言ってくれるなら、よしとしましょうか)
クリスティンは目を擦る。ほっとしたこともあって、眠い。
「今日という日が、無事終わってよかったわ」
アドレーと二人きりで過ごし、ひやりとすることはあったものの、破滅に繋がるような何かはなかった。
アドレーの話は少々気にかかる。
(……アドレー様が学園の廊下で会ったひと、誰?)
白昼夢?
彼もそう言っていたし、たぶんそうなのだろう。
思考が定まらず、クリスティンは酔いを醒まそうと、立ち上がった。
窓辺に行き、風に当たろうと思ったが、ふらりとし、たたらを踏んだ。
「クリスティン様」
メルがクリスティンを支え、グラスを手に取る。
「お掛けください」
クリスティンは頷くも、意識が急速に遠ざかるのを感じた。
春になればゲームスタートである。
メルが一緒に入学し、傍にいてくれるから心強いが、どうなるのだろう……。
クリスティンは眠りにおちた。
※※※※※
「クリスティン様……?」
彼女はメルの腕の中で、すうと寝息を立て眠っていた。
メルはクリスティンを長椅子に座らせ、グラスをサイドテーブルに置いた。
舞踏会から帰り、ほっとしたのだろう。
蒼のドレスを着た彼女は神々しいほど綺麗で、艶めいている。
くるおしい感情が身を焦がす。
使用人である自分が、彼女にこんな気持ちをもってはいけない──。
メルは気を散らすため、首を振る。
クリスティン以外、目に入らない。舞踏会で告白されたが、そういうものは全部断っている。
切なくクリスティンを見つめていると、彼女が呟いた。
「……メル……」
眠りながら、自分を呼び、彼女は腕を回してきた。
「クリスティン様……?」
抱きつかれ、クリスティンのぬくもりと柔らかさを身の上に感じた。
今夜のドレスのデザインもあって、刺激が強すぎる。
光輝く柔肌が触れている。
(……クリスティン様に今後お酒を飲ませられない)
自分だからよいものの、他の人間に抱きついてしまったら。想像しただけで、相手に憎悪が芽生える。相手が男なら、その男を殺す。
メルは深呼吸する。
(落ち着こう)
彼女が風邪を引いてしまえばいけない……。
ブランケットを取りに行こうとするも、身動きがとれなかった。
抱きつかれているのもあるが、このままいたい。
花のような香り、柔らかさ、愛しいクリスティンのぬくもりに眩暈がした。
強く彼女を抱き締めてしまいたい。
するとふっと腕が解かれ、彼女が寝返りを打ったので、その瞬間にメルは立ち上がった。
(よかった)
理性が飛びそうだった。
無防備に眠る彼女は、天使そのものである。
クリスティンがアドレーと結婚する日など、永遠にこなければいい。
誰かのものにならないでほしい。
クリスティンの一番傍には、ずっと自分がいたかった。
強い望みが胸を突き上げ、メルはやるせなく吐息をつく。
ブランケットを取ってき、眠る彼女の上にそっと掛けた。
完
帰宅したクリスティンは、自室の長椅子に身を沈めた。
命を削るような時間だった。
「大丈夫ですか、クリスティン様」
脇で控えるメルが心配そうにしている。クリスティンは目元に手の甲を置いた。
「うん。ちょっと、ぼうっとする。帰り際、アルコールを摂ってしまったから」
メルは水差しを取り、グラスに注いで、クリスティンの前に跪いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼からグラスを受け取り、冷えた水で喉を潤し、ふう、と息をつく。
目の前のメルに視線を向けた。
今夜、彼が誰かに告白されていたのを思い出し、じっと見てしまった。
イケメンだ。
(メルはモテるわね)
すると彼は瞼を赤らめた。
「クリスティン様……私の顔に何かついていますか」
「ううん」
クリスティンはもう一度グラスを傾け、水をこくこくと飲む。
「あ、そうだわ」
「?」
「あなたに長期休暇をとってもらってリフレッシュしてもらおうと思っているの」
いつも彼には心労をかけてしまっているので、羽を伸ばしてもらいたい。
しかしメルは即、断った。
「いえ、休暇は必要ありません」
「でも」
彼が休暇を前回とったのは、いつだろう?
思いだせないくらい前である。
メルは強く訴えた。
「クリスティン様のお傍を離れたくはありませんので」
(……メルは仕事熱心ねえ)
クリスティンのことを心配してくれているのだ。
嬉しいが、彼にゆっくりしてもらいたいと思う。身体を壊されたりしたら大変だ。
クリスティンは今度自分が旅行に行き、メルに付いてきてもらって、そこで彼に気分転換してもらおう、と考えた。
彼は、睫を揺らせて言った。
「……ドレス、とてもよくお似合いです」
「そうかしら」
「はい」
クリスティンは自らの姿を見下ろす。
美しく華やかなドレスだが、着るのを躊躇していた。
(でも、メルがそう言ってくれるなら、よしとしましょうか)
クリスティンは目を擦る。ほっとしたこともあって、眠い。
「今日という日が、無事終わってよかったわ」
アドレーと二人きりで過ごし、ひやりとすることはあったものの、破滅に繋がるような何かはなかった。
アドレーの話は少々気にかかる。
(……アドレー様が学園の廊下で会ったひと、誰?)
白昼夢?
彼もそう言っていたし、たぶんそうなのだろう。
思考が定まらず、クリスティンは酔いを醒まそうと、立ち上がった。
窓辺に行き、風に当たろうと思ったが、ふらりとし、たたらを踏んだ。
「クリスティン様」
メルがクリスティンを支え、グラスを手に取る。
「お掛けください」
クリスティンは頷くも、意識が急速に遠ざかるのを感じた。
春になればゲームスタートである。
メルが一緒に入学し、傍にいてくれるから心強いが、どうなるのだろう……。
クリスティンは眠りにおちた。
※※※※※
「クリスティン様……?」
彼女はメルの腕の中で、すうと寝息を立て眠っていた。
メルはクリスティンを長椅子に座らせ、グラスをサイドテーブルに置いた。
舞踏会から帰り、ほっとしたのだろう。
蒼のドレスを着た彼女は神々しいほど綺麗で、艶めいている。
くるおしい感情が身を焦がす。
使用人である自分が、彼女にこんな気持ちをもってはいけない──。
メルは気を散らすため、首を振る。
クリスティン以外、目に入らない。舞踏会で告白されたが、そういうものは全部断っている。
切なくクリスティンを見つめていると、彼女が呟いた。
「……メル……」
眠りながら、自分を呼び、彼女は腕を回してきた。
「クリスティン様……?」
抱きつかれ、クリスティンのぬくもりと柔らかさを身の上に感じた。
今夜のドレスのデザインもあって、刺激が強すぎる。
光輝く柔肌が触れている。
(……クリスティン様に今後お酒を飲ませられない)
自分だからよいものの、他の人間に抱きついてしまったら。想像しただけで、相手に憎悪が芽生える。相手が男なら、その男を殺す。
メルは深呼吸する。
(落ち着こう)
彼女が風邪を引いてしまえばいけない……。
ブランケットを取りに行こうとするも、身動きがとれなかった。
抱きつかれているのもあるが、このままいたい。
花のような香り、柔らかさ、愛しいクリスティンのぬくもりに眩暈がした。
強く彼女を抱き締めてしまいたい。
するとふっと腕が解かれ、彼女が寝返りを打ったので、その瞬間にメルは立ち上がった。
(よかった)
理性が飛びそうだった。
無防備に眠る彼女は、天使そのものである。
クリスティンがアドレーと結婚する日など、永遠にこなければいい。
誰かのものにならないでほしい。
クリスティンの一番傍には、ずっと自分がいたかった。
強い望みが胸を突き上げ、メルはやるせなく吐息をつく。
ブランケットを取ってき、眠る彼女の上にそっと掛けた。
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