11 / 16
11.メルの祈り(前編)
しおりを挟む
そのときの気持ちを、どう表せばいいだろう。
「私が想っている相手は君だ!」
王太子が彼女を抱きしめ、そう叫んだとき、部屋の奥に控えていた自分は、両の拳を固く握りしめた。
(クリスティン様に、触れるな……!)
他の者が彼女に触れるのは勿論、彼女の姿を男が視界に入れることすら、メルは日々憤りを感じていた。
「君と結婚をしたいし、必ずするよ。私は君と幸せになりたい。私が好きなのは、ずっと君だ!」
明確な殺意を、メルはアドレーに抱く。
しかし頭の片隅では、どこか冷静に、悟っていた。
(──アドレー様は、クリスティン様をお好きで。アドレー様とクリスティン様はご結婚なさる──)
二人はれっきとした婚約者である。
王国中が認める、公認の間柄。
アドレーがクリスティンを抱きしめるのも、問題のある行動ではない──。
では、なぜ自分はこれほどまでに、許せないと感じているのか。
それは──。
今は──結婚前だからだ。
そのため、黙っていられないのだ。
本当はそれだけではないが、メルは思考を止め、足を踏み出した。
「──失礼します」
気絶しているクリスティンを、ゆっくり慎重に、だがアドレーから奪うように受け取る。
彼女は、アドレーに抱きしめられたことで、意識を失っていた。
(クリスティン様……)
アドレーはクリスティンの心の平穏を、損なわせる。
アドレーへの震えるほどの怒気を懸命に抑え、彼に念を押した。
クリスティンは元々身体が弱い。体質改善しても、発作を起こすのだ。
彼女に恐れられている彼が、こんなことをすべきでない……。
クリスティンを腕に抱え、退室した。
血の気を失ったクリスティンの美しい姿。
まるで、折られた薔薇だ。
クリスティンの柔らかなぬくもりを身に感じながら、彼女に視線を注いだ。
(このまま──どこにも戻らず……クリスティン様を脅かすもの全てから離れ、このかたをどこかへ連れ去ってしまえたら、どんなに──)
メルは真剣にそう考え、呆然とした。
──何を。
何を自分は。
自身に呆れ返った。
かぶりを振り、思考を霧消させる。
クリスティンを抱えながら、馬車に乗った。
スプリングのきいた椅子にそっと彼女を横たえ、帰路につく。
◇◇◇◇◇
(そろそろ、目を覚まされているだろうか)
クリスティンを部屋に送り届けたあと、メルは再度彼女のもとへと向かった。
扉をノックする。
「クリスティン様、お目覚めでしょうか」
中から、彼女の返答があった。
「ええ、どうぞ」
入室すれば、クリスティンの顔色は先程より良くなっていた。
彼女は身体を起こし、寝台から降りる。
「アドレー様といるときに気を失ってしまって、あなたが運んでくれたのね?」
「はい」
メルは意識の戻った彼女に安堵しながら、アドレーの伝言を話した。
舞踏会についての言葉など伝えたくなかったが。仕方ない。
するとクリスティンは、愕然とし、ふるふると身を震わせた。
「! 舞踏会……! アドレー様とずっと過ごすことになるじゃない……!」
彼女は崩れおちる。
アドレーの愛は、クリスティンの心には残念ながら届いていなかった。
メルはアドレーを少々、気の毒に思う。が、過度にクリスティンに触れていた彼への同情心は一瞬で失せる。
「王宮に二日間滞在して、自室に戻って緊張が解けたわ」
恐れている婚約者と過ごし、彼女は疲労困憊だろう。メルは微笑んだ。
「お茶菓子をすぐにご用意いたします」
甘いものを摂れば、彼女も落ち着けるはず。
クリスティンに元気になってもらいたく、メルはお菓子とお茶を部屋へと運んだ。
テーブルに並べると、彼女は礼を言い、幸せそうにそれらを口にした。
笑顔でそんな彼女を見守る。
クリスティンの表情、しぐさ、眼差し──。
一挙一動、一瞬たりとも見逃したくはなかった。
一番傍にいて、彼女を最も理解できるのは、自分である。
信頼され、誰より気を許してもらえる存在でありたい。
この気持ちは、主君への忠義──。
──それだけではない──。
危険なものだという自覚は、ある……。
王太子がクリスティンに触れるのを許せないと感じるのは、結婚前だからか?
結婚後であれば許せるのか?
(──前だろうが、後だろうが……許せない──。──とてつもなく嫌だ……!)
こんなことを自分が思うのは、筋違いもいいところなのだ。
アドレーは彼女の婚約者で、自分は一介の近侍。
けれど……。
誰かが彼女に触れることを考えれば、気がおかしくなってしまいそうだった。
「私が想っている相手は君だ!」
王太子が彼女を抱きしめ、そう叫んだとき、部屋の奥に控えていた自分は、両の拳を固く握りしめた。
(クリスティン様に、触れるな……!)
他の者が彼女に触れるのは勿論、彼女の姿を男が視界に入れることすら、メルは日々憤りを感じていた。
「君と結婚をしたいし、必ずするよ。私は君と幸せになりたい。私が好きなのは、ずっと君だ!」
明確な殺意を、メルはアドレーに抱く。
しかし頭の片隅では、どこか冷静に、悟っていた。
(──アドレー様は、クリスティン様をお好きで。アドレー様とクリスティン様はご結婚なさる──)
二人はれっきとした婚約者である。
王国中が認める、公認の間柄。
アドレーがクリスティンを抱きしめるのも、問題のある行動ではない──。
では、なぜ自分はこれほどまでに、許せないと感じているのか。
それは──。
今は──結婚前だからだ。
そのため、黙っていられないのだ。
本当はそれだけではないが、メルは思考を止め、足を踏み出した。
「──失礼します」
気絶しているクリスティンを、ゆっくり慎重に、だがアドレーから奪うように受け取る。
彼女は、アドレーに抱きしめられたことで、意識を失っていた。
(クリスティン様……)
アドレーはクリスティンの心の平穏を、損なわせる。
アドレーへの震えるほどの怒気を懸命に抑え、彼に念を押した。
クリスティンは元々身体が弱い。体質改善しても、発作を起こすのだ。
彼女に恐れられている彼が、こんなことをすべきでない……。
クリスティンを腕に抱え、退室した。
血の気を失ったクリスティンの美しい姿。
まるで、折られた薔薇だ。
クリスティンの柔らかなぬくもりを身に感じながら、彼女に視線を注いだ。
(このまま──どこにも戻らず……クリスティン様を脅かすもの全てから離れ、このかたをどこかへ連れ去ってしまえたら、どんなに──)
メルは真剣にそう考え、呆然とした。
──何を。
何を自分は。
自身に呆れ返った。
かぶりを振り、思考を霧消させる。
クリスティンを抱えながら、馬車に乗った。
スプリングのきいた椅子にそっと彼女を横たえ、帰路につく。
◇◇◇◇◇
(そろそろ、目を覚まされているだろうか)
クリスティンを部屋に送り届けたあと、メルは再度彼女のもとへと向かった。
扉をノックする。
「クリスティン様、お目覚めでしょうか」
中から、彼女の返答があった。
「ええ、どうぞ」
入室すれば、クリスティンの顔色は先程より良くなっていた。
彼女は身体を起こし、寝台から降りる。
「アドレー様といるときに気を失ってしまって、あなたが運んでくれたのね?」
「はい」
メルは意識の戻った彼女に安堵しながら、アドレーの伝言を話した。
舞踏会についての言葉など伝えたくなかったが。仕方ない。
するとクリスティンは、愕然とし、ふるふると身を震わせた。
「! 舞踏会……! アドレー様とずっと過ごすことになるじゃない……!」
彼女は崩れおちる。
アドレーの愛は、クリスティンの心には残念ながら届いていなかった。
メルはアドレーを少々、気の毒に思う。が、過度にクリスティンに触れていた彼への同情心は一瞬で失せる。
「王宮に二日間滞在して、自室に戻って緊張が解けたわ」
恐れている婚約者と過ごし、彼女は疲労困憊だろう。メルは微笑んだ。
「お茶菓子をすぐにご用意いたします」
甘いものを摂れば、彼女も落ち着けるはず。
クリスティンに元気になってもらいたく、メルはお菓子とお茶を部屋へと運んだ。
テーブルに並べると、彼女は礼を言い、幸せそうにそれらを口にした。
笑顔でそんな彼女を見守る。
クリスティンの表情、しぐさ、眼差し──。
一挙一動、一瞬たりとも見逃したくはなかった。
一番傍にいて、彼女を最も理解できるのは、自分である。
信頼され、誰より気を許してもらえる存在でありたい。
この気持ちは、主君への忠義──。
──それだけではない──。
危険なものだという自覚は、ある……。
王太子がクリスティンに触れるのを許せないと感じるのは、結婚前だからか?
結婚後であれば許せるのか?
(──前だろうが、後だろうが……許せない──。──とてつもなく嫌だ……!)
こんなことを自分が思うのは、筋違いもいいところなのだ。
アドレーは彼女の婚約者で、自分は一介の近侍。
けれど……。
誰かが彼女に触れることを考えれば、気がおかしくなってしまいそうだった。
41
お気に入りに追加
1,322
あなたにおすすめの小説
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
悪役令嬢はもらい受けます
SHIN
恋愛
会場に響く声に誰もが注目する。
声を発したのは少し前に留学してきた美しい少女。
彼女は、婚約破棄され濡れ衣を被せられた悪役令嬢を救えるのか。
という婚約破棄物です。
欲望のままに書いたからながいです。
なんか、話が斜め横にいきました。あれぇ、主人公くんが暴走してる。
10/2完結。
10/9捕捉話。
SHIN
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!
奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。
その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は婚約破棄されたが諦めきれない
アイアイ
恋愛
エリザベス・ヴァルデンは、舞踏会の夜会場の中央に立っていた。煌びやかなシャンデリアの光が、彼女の黄金色の髪を一層輝かせる。しかし、その美しさの裏には、不安と緊張が隠されていた。
「エリザベス、君に話がある。」
彼女の婚約者であるハロルド・レイン伯爵が冷たい声で話しかけた。彼の青い瞳には決意が宿っている。エリザベスはその瞳に一瞬、怯えた。
「何でしょうか、ハロルド?」
彼の言葉を予感していたが、エリザベスは冷静さを保とうと努めた。
「婚約を破棄したい。」
会場中が一瞬にして静まり返った。貴族たちはささやき合い、エリザベスを一瞥する。彼女は胸の内で深呼吸し、冷静に返事をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!
みなと
恋愛
「思い出した…」
稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。
だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。
そして、殺されてしまったことも。
「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」
冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。
その結果はいかに?!
※小説家になろうでも公開中
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる