闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
97 / 100
オスカーの秘密

ジークハルトの嫉妬(後編)

しおりを挟む
 起こそうと思った。けれど、こんな状態で彼が目覚めてしまえば──。

(気まずすぎる)

 それでなくとも先日から、気恥ずかしい状況だというのに。
 彼の寝息がし、リアの耳が朱に色づく。
 どうすればいいかわからず、固まっていたが彼の手が緩んだときを見計らってそっと離れた。
 
 起こさないように気を付けつつ、ジークハルトを背もたれに寄り掛からせる。
 途端、ジークハルトが瞼を持ち上げた。

「……? リア」
 
 あどけなさを感じるジークハルトの寝起き。リアはどきりとし、頬が染まる。

「どうした」
「な、何でもありませんわ」
 
 なぜだか後ろめたさのようなものを覚える。寝起きのジークハルトは可愛かった。
 彼は金色の髪をかきあげる。

「オレは眠っていたのか……」
「お疲れなのでしょう」

 彼はふと眉を動かした。

「オレは何か言ったり、したりしたか」
「いえ……」 
 
 さっき何か言っていた気がするけれど……聞き取れなかった。抱きしめるように手を握りしめられたが、彼は覚えていないし……なかったことにしよう。リアはそう決めた。

「そうか」 
 
 ジークハルトの表情が安堵したように和らぐ。

「お部屋で休まれたほうがよろしいですわ」
「いや、大丈夫だ」

 彼は自身の眉間に指を置く。

「……しかしこのままいると理性がもたないな……」
「?」
 
 彼は長椅子から身を起こし、溜息をつく。

「オレは執務に戻る」
 
 その言葉にリアはほっとする。頷いて立ち上がった。

「では私は帰ります」 
 
 そしてリアは彼と建物から出て、外回廊を歩いた。通り抜ける風が、火照った頬を冷やしてくれる。
 
 別れ際、ジークハルトはリアに向き合って言った。

「次の夜会では共に花火を見よう、リア」
「……はい」
 
 花火が上がる日は……前世でも今生でも──感情が大きく動いた。
 前世は婚約破棄され。今生はそのことを思い出し。

(…………) 
 
 心の奥が痛みに疼く。
 彼との時間の終わりは迫っていた。



※※※※※



 彼女に何もしていなかったようだ。
 ジークハルトは執務室に入って大きく息を吐き出した。

(良かった)

 いつもリアを気にかけているジークハルトだが、先日のことがあってから更に彼女のことを考えるようになってしまった。
 どうにかなりそうで、執務に打ち込んだ。
 
『星』術者のためか近頃、頭痛や眩暈がよく起きていたが、それに加え日々の執務によって疲労が蓄積していた。
 それでリアといたのに眠ってしまった……。

(オレは何をしているんだ……)

 自分自身に激しく苛立つ。
 あのままいれば、リアに何かしてしまいそうだったから。仕方なく彼女と離れるよりなく。
 
 先程の夢──誰かはわからなかったものの、誰かがリアの傍にいたので、それに嫉妬したジークハルトは、その人物からリアを奪い取って抱きしめた。
 目覚めたとき、夢でのリアの感触が掌に残っている気もした。

(本当にオレはどうかしている……)
 
 次に彼女と会うときは、気を付けなくては。二人きりで花火を見るのだから。
 
 花火──。
 
 以前、リアは花火を見て泣いたことがあった。
 きれいで、それで泣いたのだと彼女は話していたが。
 哀しげで、ジークハルトはそのときひどく慌て、心配した。
 
 自分はリアを泣きそうな表情にさせてしまう。この間も、先程も。
 大切にしたかった。リアを誰よりも。
 リアの笑顔が好きだ。彼女を哀しませたり、傷つけたりなどしたくない……。
 
 花火が上がる次の夜会では笑顔をみたい。
 リアを笑顔にさせたい。ジークハルトはそう思った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

処理中です...