上 下
96 / 100
オスカーの秘密

ジークハルトの嫉妬(中編)

しおりを挟む
「ただ君の反応をみたかっただけだ。実際にしてもらおうと思って話したわけではない」
 
 彼の言葉に、リアは戸惑う。

「私の反応を見るため? それは……」
 
 どういうことだろう。
 彼はリアの頬に手を添え、顔を上向かせた。 
 完璧な美貌の、ジークハルトのセルリアンブルーの瞳に甘い色香が漂う。

「君は果たして、どうするかと」

 リアは思わず責めるように彼を見てしまう。

「先日ジークハルト様は試してみないかとおっしゃいましたが……」
 
 あのとき、部屋に侍女がやってこなかったら? どうなったのだろう。
 ただ反応をみるためで、書庫で言ったことなども冗談だった?
 リアはとてつもなく狼狽したのに。
 ジークハルトはリアの唇を指で滑らすように突いた。

「婚約の段階だから、口づけはいけないと君は言った」
 
 婚約は破棄、結婚することにもならない……。

「口づけが駄目だとすれば、何ならいい?」

 髪を長い指で梳かれる。兄にそうされても何も感じないのに、間近でジークハルトにそうされれば甘い痺れを覚える。
 彼の唇が今にも重なりそうだ。
 緊張して気が遠くなりかけ、リアは息を呑んだ。

「……なぜそんな表情をする。泣きそうだ……」

 彼はリアの目元に触れる。彼の手が背中から離れたので、慌ててリアは後ろに下がる。
 だが彼はリアの手首を掴み、再度引き寄せた。

「オレは君の気持ちがわからない」
 
(……私もわからない)
 
 リア自身も、自分の気持ちがわからなくなる。ジークハルトの気持ちもわからない。
 リアは目を背ける。

「……雨が降ってきそうですわ」

 この状況から逃れたい一心だった。
 彼は空に視線をうつし、眉を顰めた。

「……そうだな」

 沈黙が降り、ジークハルトはリアから手を解いた。

「書庫に行こう。雨に濡れる前に」 
 
 正直、この間のこともあり、しばらくあの場所には立ち寄りたくはなかった。彼の前から逃げだしたかった。
 だがジークハルトは庭園迷路を出て、リアを連れて立ち入り禁止である書庫奥の部屋に行った。
 ざわめく自分の心とは真逆に、室内はしんと静まり返っていた。他に誰の姿もない。

「本でも読もう」
「……はい」
 
 リアは落ち着かない気持ちのまま、高い本棚の前を歩いて本を選んだ。
 ここに置かれている本は持ち出し禁止らしい。
 室内にある長椅子に、リアはジークハルトと並んで座った。
 
 それぞれ読書をするものの、リアはジークハルトが気になって仕方なかった。
 本にどうしても集中できずにいれば、少しして肩に重みを感じた。

(…………?)
 
 横を見るとジークハルトがリアの肩に頭をのせ眠っていた。
 すぐ傍に彼の顔がある。
 胸がとくんと強く音を立てた。
 
 気持ちよさそうに眠っている。彼は執務で疲れているのだろう。起こすのも躊躇われる。迷ったものの、そのままでいることにした。
 
 黄金色の髪は輝き、長い睫が頬に影をおとしている。あどけない寝顔は、成長したパウルのよう。
 甘いぬくもりに、リアは胸がきゅっと締め付けられ、泣きそうになって目を伏せた。

(思い出してしまう……)
 
 こうしていたい。傷が深まるから今すぐ離れなければ。湧きおこる想いに心が揺らいだ。
 すると横で、ジークハルトの呟く声がした。

「オレ以外の誰にも……決して触れさせるな」

(え……)
 
 ジークハルトのほうを見ると、彼は腕を伸ばし、突如リアの手の上に手を置き、強く握りしめた。

「ジークハルト様……」

 リアは身を強張らせたが彼は眠っている。寝ぼけているのだ。
 どうしよう。
 逞しい上半身を傍に感じ、彼の熱がこの身にしみこんできて心臓が壊れそうなほど鼓動を打った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...