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第一部

番外編 繋いだ手(後編)

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「これくらいなんともないわ」

 リアが立ち上がろうとすると、パウルはそれを制した。

「駄目だよ、リア。僕の背に乗って。家まで送るから」
「え?」

 ただ膝を擦りむいただけだ。

「私、歩けるわ、パウル」
「いけないよ。ほら」

 リアは戸惑ったけれど、パウルに促がされ、その肩に手をのせた。
 彼はリアを背中に担ぎ、歩き出す。
 リアは彼に後ろからしがみつく形で、頬に熱が上がった。

「ごめんなさい……パウル」
「僕こそ、ごめんね。一緒にいて、君に怪我をさせてしまった……」

 別にパウルが悪い訳ではないのに、彼は謝る。

(心配をかけちゃった……)

 リアは彼に申し訳なく思った。
 パウルは心配性だ。それに過保護である。
 彼のぬくもりは、あたたかくて。とても安心感を覚える。
 父に感じるものと似ているけれど、全く違う感情を抱く。
 パウルといると、リアはとてもどきどきする。
 
 そのときはじめて、リアはパウルに恋をしていると自覚したのだ。

(……私……パウルのことが、一番好き)


 
◇◇◇◇◇



「どうした、リア?」

 隣のジークハルトが、リアの顔を覗き込む。
 リアは口元が綻んだ。

「昔のことを思い出して」
 
 リアは今、ジークハルトと二人で旅行をしている。
 ヴァンと会うために帝都を出、故郷の村を先に訪れた。

「あなたに背負われ、家まで送ってもらったときのこと」

 ジークハルトは懐かしそうに、ふっと眼差しを和らげる。

「そういえば、あったな。そんなこと。海を見た帰り、二人で駆けて、君が怪我をして。オレは慌てたよ」 
 
 リアは微笑んだ。

「ええ」 
 
 その日、初恋にリアは気づいた。

(本当に懐かしい)

 一緒によく遊んだ草原で、あの日のようにジークハルトと、空を眺めている。
 精霊王の件で来たときは、ジークハルトの記憶はまだ戻っていなかった。
 それに加えて、緊急事態でもあった。
 
 それで今回、再度立ち寄り、ゆっくり過ごすことにしたのだ。
 初恋相手の婚約者と共にいられることを、リアは心の底から幸せに思う。 
 こんな今を、少し前までは考えられなかった……。
 夢でもみているのではないかと、感じるほどだ。

(そうだ) 
 
 リアは立ち上がり、彼にかけっこをしようと言った。

「かけっこを?」

 ジークハルトは面食らったように、目を瞬く。
 リアは、ええ、と頷いた。

「昔のように。手は抜かず、どうか真剣勝負で!」

 彼は唇に笑みを漂わせる。

「わかった。いいよ」

 それで二人は丘の木に向かって駆けだした。



※※※※※



「……昔も勝てなかったけれど、今もやっぱり勝てなかった」
 
 リアは残念そうに溜息を吐き出す。
 そんな彼女にジークハルトは苦笑した。

「かけっこでは、ね」

 リアの頬にかかる髪を指で払い、頭を撫でる。
 手加減すると怒られそうなので、手を抜かず走ったが、リアは驚くくらい足が早かった。

「オレもイザークも一生敵わないよ、リアには」
「どうして?」

 大好きな相手には、絶対敵わないからだ。
 リアが想う以上に、昔から彼女を想っている。
 
 
 ジークハルトはリアに作り方を教えてもらって、花の冠を作った。
 それをリアの頭に載せると、彼女はこぼれんばかりの笑顔をみせた。
 可憐なリアは、まるで花の精である。
 ジークハルトはリアを眩しい思いで見つめた。
 

 草原で彼女と横になって話をしていたが、いつの間にか、幼い頃のように二人とも眠りにおちていた。
 目を覚ましたとき、隣にリアがいて、ジークハルトは安堵する。
 彼女と手を繋いだまま眠っていた。

「リア……」

 切なく、彼女を眺める。
 彼女は子供のころ、父親のような相手と結婚したいと言っていたが、自分は──。

(どう考えても真逆だ……)

 ジークハルトとして出会った当初から。
 威圧感のある気性の荒い、冷たい人間にはならない、とパウルであったとき決意したのに。
 記憶を植え付けられたなど、言い訳にしかならない。
 リアを傷つけてしまって、悔恨の念に堪えない。

 こうして共にいられる幸運に、ジークハルトは感謝した。
 
 昔、リアに求婚したときのように、彼女の手にそっと口づける。
 この手を、離しはしない。
 今まで、辛い思いをさせた分、誰よりも幸せにする。

「愛している」
 
 ジークハルトは彼女と手を繋いだまま、再度眠りにつく。
 次に瞳を開けたときも、リアがいるように。
 幸せなこの時間が、夢ではないようにと願いながら──。
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