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第一部

闇魔力の解放

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 室内奥にある階段を降り、二枚目の扉も彼が開けた。

 向こう側は小さな部屋で、壁際の台座に、以前のまま四角い箱が鎮座している。

「これか……」
「はい」
 
 ジークハルトは魔法陣の描かれた箱を手にし、蓋を取った。
 中から漆黒のストーンを取り出す。
 瞬間、彼はぐらりと倒れそうになり、その場に蹲った。

「ジークハルト様……!」
「…………」

 ジークハルトは蒼白で、肩で荒い息をしている。額には汗が滴っていた。
 ヴェルナーが舌打ちした。

「……たぶん、殿下の中の精霊王が抵抗しているんだろ……」

 リアが動転すると、ジークハルトが、リアの名を呼んだ。

「リア……」
「……はい」
「君は『闇』術者だ……。……このオレを殺せ。そうして、オレの中の精霊王ごと消滅させろ」

 リアは喉が干上がる。

「そんなこと、できません!」

(ジークハルト様を殺すなんて、絶対できないわ!)

 そのときリアは、自分がどれほど残酷なことをヴァンに命じたのか悟った。
 ヴァンに自分を殺すように命じたのだ。ひどいことを頼んだ。
 ヴェルナーの瞳に焦りが浮かぶ。

「殿下。もしあなたが亡くなっても、精霊王を消滅させることはできません」
「何……? なぜだ……」
「精霊王より先に、殿下が亡くなるからです。
 同時に世界は崩壊し、新たな世界が構築されます。殿下とリアはまた転生をするはずですが、次の生で二人に記憶があるかはわかりません。
 それに……おれが思うに、これは奇跡的に開いたルートです。
 幾つもの幸運が重なっていて、そのどれかが欠けてもきっと辿り着けなかった。
 精霊王は破滅を呼び寄せています……この生を逃せば、何十回、何百回繰り返しても、どれほどに惹かれ合っても、あなたがた二人は……」

 ジークハルトはぎりっと奥歯を噛みしめる。

「たとえ……記憶がなくとも……やり直す。次の生で、精霊王を封印する。今、この力をオレはとても制御できそうに、ない……。それにヴェルナーはそう言うが、ここでオレを殺せば、全てがうまくいくかもしれない……。だからリア、オレを──」
「そんなことを、おっしゃるのはやめてください!」

 リアは脂汗を滲む。

(できない!)

 彼を殺すなんて、絶対に──。

 ジークハルトは死を覚悟していたのだ……。
 リアはぐるぐると考え、魔物のことを思った。

(ヴァンなら……)

 精霊王を封じることができるかもしれない。
 しかしここに来られるだろうか……。
 
 ジークハルトが触れたことで帝国内に入れない。
 だがこの村から、国外はすぐだ。

「ジークハルト様、国外へ。そうすれば、私の魔物が来てくれますわ。ヴァンなら、きっと精霊王をあなたから切り離すことが──」
 
 もし彼を殺すしかないのだとしても。

(絶対に殺させない──!)

「リア……」

 ジークハルトはリアの手を掴む。
 そのまま彼の双眸から光が失われ、彼の意識はなくなった。
 リアは全身が冷たくなる。

(死なせない)
 
 ジークハルトの胸に手を置き、ストーンを持つ彼の手を握り、唇に唇を重ねた。
 身の内に風が駆け抜ける。髪がゆらりと揺らめき、彼に触れた指先が熱くなった。
 
 彼の中にある異質なものを強く感じる。
 ジークハルトの意識がないためか、その存在をはっきりと鮮明に。

(これは……精霊王……?)
 
 リアは『闇』魔力の全てを解放した。
 瞳が金色に光り、音もなく場に闇黒が広がる。
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