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第一部

脱出

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 リアは幼少時より護身術や剣術を学んでいる。
 旅に出る予定だったし、真剣にそれらに取り組んだ。
 正直、隙をつけば、衛兵二人倒せると思う。

 だが立ち回れば、騒ぎになってしまう。
 この方法はとれそうにない。
 
 リアは室内をうろうろとし、思考を巡らせた。
 悩んでいるときの癖だ。
 そうしていると窓が視界に映った。

(ひょっとして……)
 
 上質なレースのカーテンを引いた。
 外側から格子が取り付けられていない。

(窓から出られる!)

 今朝こちらに移ってきたばかりなため、そのままなのだ。
 窓の外に衛兵がいる気配もなかった。
 リアは速やかに窓を開けた。
 ドレスのスカートをからげ、地面へと降りる。
 靴を履いた足で無事着地した。

(脱出成功)
 
 養女となってから、公爵家に恥をかかせてはならないと、令嬢としてのたしなみを学び、振る舞ってきた。
 だが緊急時の今、そんなことを気にしていられなかった。
 ジークハルトも、リアがまさか窓から脱出を試みるとは思っていなかっただろう。
 
 続き部屋には、格子を取り付けはしていたけれど。 
 
 外で見つかってしまえば、意味がない。
 
 庭園を通り、ヴェルナーを捜して駆けた。
 皇宮に仕えている者たちに鉢合わせそうになれば、木々の影に隠れる。

 リアは一階の窓を覗き、ヴェルナーを見つけた。
 彼は、白で統一された室内の寝台で気だるげに本を読んでいた。
 拳を作り、窓を叩く。
 ヴェルナーはこちらを見、すぐに寝台から降りると、窓を開けた。

「リア。窓からやってくるとはな。まあ、君らしいと言えば、君らしい」

 彼はリアの行動力を誰よりよく知っている。

「ヴェルナー、話は中で」
「ああ」 
 
 ヴェルナーはリアの手を掴み、室内に入るのを手伝ってくれた。窓を閉め、リアはヴェルナーに問うた。

「体調はどう?」

 彼はなんでもないといったように肩を竦める。

「昨日のあれは薬を飲んで、わざと倒れた。大丈夫」

 リアはほっとした。

「部屋を抜けだしてきたんだけど、見つかれば、大事になるかもしれないから。すぐ戻らなくては。ジークハルト様が危険ってどういうことなの? 彼は威圧感はあるけれど、悪いひとではないわ」
「良いとか悪いとかじゃねぇよ」

 彼はリアの両肩に手を載せる。

「おれは魔術探偵だ。他の誰より、術者のオーラを見抜く目をもっている。あの皇太子はヤバい。まるで魔王だ。仰天したから、握手をして、魂を傍でじっくり見てみた。あんなすげえ術者は知らねえよ」

(魔王……?)

 リアはこくっと息を呑む。ヴェルナーは真剣な顔で続ける。

「彼は、この世界を何度も破壊させることができる強い魔力を秘めている。リア、君は前に、婚約破棄されるといっていたが、そうなったほうがいい。今すぐ離れるんだ」
「今すぐ離れるのは、貴様だ」

 ぞっとするほど冷ややかな声がして、リアもヴェルナーも動きを止めた。
 開いた扉から険しい表情をしたジークハルトが姿をみせる。
 
 彼の放つ異様ともいえる雰囲気に、二人は言葉を失った。

「そうか……イザークかと思っていたが……今回この男だったのか……」

(──え?) 
 
 彼は後ろに控える衛兵に命じる。

「男を連れていけ」
「は」

 ジークハルトはリアの前まで来て、手首を掴んだ。

「君はオレと来るんだ、リア」
「待ってください、ジークハルト様」

 リアは抵抗したが、有無を言わせず、ジークハルトはリアを連れて、部屋を出た。
 彼は無言だ。凄まじい怒りをひしひしと感じる。
 
 ジークハルトの部屋の続き部屋に入ると、彼は低い声で耳元で囁いた。

「君は昨日、他の者を選ぶことはないと言った。それは、あの男を選んでいたからということだな?」

 リアはびっくりして、かぶりを振った。

「違います」

 彼はリアの両腕を掌で握る。

「ではなぜ、わざわざ窓から抜け出して、あの男に会いに行った? その理由をどう説明する? それはひとときも離れたくないほど、あの男のことが好きだからだろう?」
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