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第一部

交わした約束2

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「あの……。実は私、旅行にいこうと思っていたのですわ。それで、ヴェルナーに帝都を出るまで、案内を頼んでいたのです。道に迷ったら困りますから。でも皇宮にいることになりましたし、旅行することはありません。なのでその約束は忘れてほしいと伝えたかったのです」

 流石に、一緒に国外へ出ようとしていたとまでは話せない。
 人買いについても、メラニーの罪が重くなってしまうかもしれない。
 今生で被害に遭ったわけではないし、言う必要はない。

「彼に伝えたかったのはそれだけですわ」
 
 ヴェルナーと話をしたかったが、ジークハルトにいらぬ誤解を受けそうなので、諦めた。
 ヴェルナーに迷惑はかけたくない。
 謝罪と、現在置かれている状況、旅に出られないことは一応伝えられた。

「そうか。なら行くぞ」
「殿下」

 リアを連れて退室しようとするジークハルトに、ヴェルナーが言いつのった。

「一度握手をしていただけないでしょうか? 殿下にこうしてお会いできるのは、これが最後かもしれませんので」

 ジークハルトは無言でヴェルナーの前に手を差し出し、彼と握手をした。

「ありがとうございます、殿下」

 ヴェルナーは深く頭を下げる。だが足を縺れさせ、机の角に頭を強打した。
 しかも、足を挫いたようで、その場に蹲った。額からは血が出ていた。

「う……」
 
 リアは唖然とした。
 器用で運動神経の良い彼がそういったドジをするのは珍しい。
 初めてみた気がする。

(ヴェルナー……どうしちゃったの……)

「殿下にお目にかかり、しかも握手をしていただき舞い上がってしまいました……。頭を強く打ってしまいました」

 屈みこんでいるヴェルナーを、ジークハルトはいささか呆れたように見下ろす。

「……仕方ない。宮廷医師を呼ぼう」

 ジークハルトが扉を開けて廊下に出、リアはヴェルナーの横にしゃがんだ。

「ヴェルナー、大丈夫?」

 驚きすぎて、心配するのが遅れた。
 大丈夫だろうか。
 すると彼はぱちりと目を開けた。

「大丈夫に決まってんだろーが」
「え?」

 彼はさっと身を起こす。

「君と話したくて、わざと転んだんだ。こうでもしないと、あの皇太子が君に張り付いて、離れねー」

 彼はいつもの口調で、ニヒルに笑んだ。
 なんともないようで、リアはほっとした。

「よかったわ」
「よくねぇよ」

 彼は溜息をついた。

「おれはこれから体調を崩すことにするよ。で、皇宮に滞在する。オレは君を救うって約束した。約束を破るのは性に合わねぇからな」
「え?」

 ヴェルナーはリアの肩に手を置く。

「あの皇太子には気を付けろ。彼はマジ危険だ」
「危険って……」

(どういうこと?)

 ヴェルナーはポケットから何かを取り出し、口に放り込む。リアは目を瞬く。

「それは?」 
 
 彼はにやっと笑った。

「一時的に具合が悪くなる薬さ」

「医師を連れてきたぞ」

 ジークハルトが医師を呼んで、戻ってきた。
 ヴェルナーは額の傷の手当てを受けている間に意識を失い、奥の部屋に運ばれた。
 彼は皇宮で治療を受けることになった。



◇◇◇◇◇



 リアはジークハルトに部屋へ送られたあと、室内をうろうろとした。

(気を付けろって……危険って、どういうこと?)

 ヴェルナーに会いに行きたいが、部屋に鍵がかけられている為、出られない。
 窓を開けてみるも、格子が嵌められている。
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