60 / 100
第一部
皇太子から逃げられない
しおりを挟む
確信のこもったジークハルトの視線から、リアは逃れるように目を背ける。
「ジークハルト様、それは違いますわ。私は『風』術者の『闇』寄りです。決して『闇』術者では──」
彼はリアの髪を長い指で梳いた。毛先まで、まるで愛おしむように。
髪に感覚はないはずなのに、甘く感じる指先。
「隠してもわかっている。君は術者の頂点ともいうべき『闇』術者だ。帝国で尊ばれるが、危険な存在でもある。君が何者かに利用されれば、大変なことになるからな。今後オレの目の届く場所で、ずっと生活をしてもらう。結婚前の今も、結婚後も」
リアは息を詰める。
「……ジークハルト様……私と結婚するおつもりなのですか?」
「なぜ、そんなことを問う。君が九歳、オレが十歳のとき婚約してから、君はオレのものだ。このオレから逃げられるとでも思っているのか」
彼はリアの二の腕を掴んだ。
どこにも 逃がさないとばかりに。
彼はイザークの妹メラニーと、あらたに婚約するのでは?
「ジークハルト様……メラニー様は……」
リアは声が震えた。
「ジークハルト様は……メラニー様がお好きなのでは」
リアはそれを今まで彼に尋ねたことがなかった。
彼自身の口から、決定的なことを聞くのが怖かったためだ。
前世、旅に出たあとも、意識的にこの国の情報は入れないようにしていた。
ジークハルトがメラニーと婚約した後のことは全く知らない。
ジークハルトは不快げに眉間に皺を刻んだ。
「彼女に特別な感情は抱いていない」
「ですが……」
リアは自らの手を握る。
「メラニー様との噂を耳にしましたわ……」
ジークハルトは嘲るように呟いた。
「噂なら、オレも耳にしたが? 君と幼馴染が深い仲だと」
「イザークは友人です」
彼はリアから手を離し、横を向いた。彼の横顔に、黄金色の髪がふりかかる。
「──ああ、そうなのだろう。君は自分の噂は否定するのに、オレについての噂は信じるわけか」
噂だけではないのだ。リアは実際前世立ち会った。ジークハルトがメラニーとの婚約を宣言した瞬間に。
しかしそれを伝えるわけにもいかない。
「君にはこの部屋にいてもらう」
国外に出るつもりだったリアは、唇を噛み、俯いた。
「逃げれば君を殺すといったが、言い換える。リア、君が逃げれば、オレは君の家族を殺す。オスカーとカミルを、必ずオレはこの手で惨殺する」
(え──)
リアは慌てて顔を上げた。
横を向いたまま彼は、きつく唇を引き結んでいる。
強い、ゆるぎない決意がみえる。
ジークハルトは本気だ。
(逃げられない……)
何をもってしても、この皇太子から。
リアは蒼白になり、それを悟った。
◇◇◇◇◇
ジークハルトの続き部屋で暮らすことになったリアは、突然のことに動揺し、何も考えられなかった。
身の回りのものなど、必要なものは早急に手配され、揃えられた。
屋敷からもリアの私物が運ばれた。
家族、特に兄と弟が猛烈に抗議したらしいが、この部屋に連れてこられて少しして、ジークハルトにリアはこう聞かされた。
「君の兄と弟は帝都を離れ、国外に出た」
「え……!?」
ジークハルトは淡々と説明する。
「君の兄は、以前からツェイル王国に興味があったようだし、君の弟も見聞を広めるため、共に留学するのが良いと公爵に提案したのだ。それで彼らはツェイル王国に行った。今はもう帝国にいない」
確かに、兄は芸術の発展したツェイル王国へ滞在したいと話していたことがあった。
しかし余りにも突然すぎる。
「そうそう、イザークは隣国リューファスに留学するそうだ。君も知る近衛兵のローレンツは、本人の希望で国境の街に赴任した。そこで彼の祖母が暮らしているらしい」
リアには何がなんだかわからなかった。
「ジークハルト様、一体どういうことですの?」
ジークハルトは嘆息し、掌を天井に向け、肩を竦めてみせる。
「さあな、オレも知らない。ただ彼らが自ら望んで、帝都を離れた、それだけのことだ。君が彼らのことを考える必要は微塵もない」
「ジークハルト様、それは違いますわ。私は『風』術者の『闇』寄りです。決して『闇』術者では──」
彼はリアの髪を長い指で梳いた。毛先まで、まるで愛おしむように。
髪に感覚はないはずなのに、甘く感じる指先。
「隠してもわかっている。君は術者の頂点ともいうべき『闇』術者だ。帝国で尊ばれるが、危険な存在でもある。君が何者かに利用されれば、大変なことになるからな。今後オレの目の届く場所で、ずっと生活をしてもらう。結婚前の今も、結婚後も」
リアは息を詰める。
「……ジークハルト様……私と結婚するおつもりなのですか?」
「なぜ、そんなことを問う。君が九歳、オレが十歳のとき婚約してから、君はオレのものだ。このオレから逃げられるとでも思っているのか」
彼はリアの二の腕を掴んだ。
どこにも 逃がさないとばかりに。
彼はイザークの妹メラニーと、あらたに婚約するのでは?
「ジークハルト様……メラニー様は……」
リアは声が震えた。
「ジークハルト様は……メラニー様がお好きなのでは」
リアはそれを今まで彼に尋ねたことがなかった。
彼自身の口から、決定的なことを聞くのが怖かったためだ。
前世、旅に出たあとも、意識的にこの国の情報は入れないようにしていた。
ジークハルトがメラニーと婚約した後のことは全く知らない。
ジークハルトは不快げに眉間に皺を刻んだ。
「彼女に特別な感情は抱いていない」
「ですが……」
リアは自らの手を握る。
「メラニー様との噂を耳にしましたわ……」
ジークハルトは嘲るように呟いた。
「噂なら、オレも耳にしたが? 君と幼馴染が深い仲だと」
「イザークは友人です」
彼はリアから手を離し、横を向いた。彼の横顔に、黄金色の髪がふりかかる。
「──ああ、そうなのだろう。君は自分の噂は否定するのに、オレについての噂は信じるわけか」
噂だけではないのだ。リアは実際前世立ち会った。ジークハルトがメラニーとの婚約を宣言した瞬間に。
しかしそれを伝えるわけにもいかない。
「君にはこの部屋にいてもらう」
国外に出るつもりだったリアは、唇を噛み、俯いた。
「逃げれば君を殺すといったが、言い換える。リア、君が逃げれば、オレは君の家族を殺す。オスカーとカミルを、必ずオレはこの手で惨殺する」
(え──)
リアは慌てて顔を上げた。
横を向いたまま彼は、きつく唇を引き結んでいる。
強い、ゆるぎない決意がみえる。
ジークハルトは本気だ。
(逃げられない……)
何をもってしても、この皇太子から。
リアは蒼白になり、それを悟った。
◇◇◇◇◇
ジークハルトの続き部屋で暮らすことになったリアは、突然のことに動揺し、何も考えられなかった。
身の回りのものなど、必要なものは早急に手配され、揃えられた。
屋敷からもリアの私物が運ばれた。
家族、特に兄と弟が猛烈に抗議したらしいが、この部屋に連れてこられて少しして、ジークハルトにリアはこう聞かされた。
「君の兄と弟は帝都を離れ、国外に出た」
「え……!?」
ジークハルトは淡々と説明する。
「君の兄は、以前からツェイル王国に興味があったようだし、君の弟も見聞を広めるため、共に留学するのが良いと公爵に提案したのだ。それで彼らはツェイル王国に行った。今はもう帝国にいない」
確かに、兄は芸術の発展したツェイル王国へ滞在したいと話していたことがあった。
しかし余りにも突然すぎる。
「そうそう、イザークは隣国リューファスに留学するそうだ。君も知る近衛兵のローレンツは、本人の希望で国境の街に赴任した。そこで彼の祖母が暮らしているらしい」
リアには何がなんだかわからなかった。
「ジークハルト様、一体どういうことですの?」
ジークハルトは嘆息し、掌を天井に向け、肩を竦めてみせる。
「さあな、オレも知らない。ただ彼らが自ら望んで、帝都を離れた、それだけのことだ。君が彼らのことを考える必要は微塵もない」
48
お気に入りに追加
1,465
あなたにおすすめの小説
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる