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第一部

舞踏会の夜3

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 リアだけではなくオスカーも、リアが婚約破棄されるものと考えていたのだ。
 
 驚愕し、リアが過去を思い返していれば、控え室の扉が開いた。

「……ジークハルト様」
 
 弾かれたようにリアが立ち上がると、ジークハルトがつかつかと歩み寄ってきた。

「来るんだ」

 彼はリアの手を掴んだ。

「……殿下」
 
 オスカーが割って入る。ジークハルトは目だけで殺せそうな勢いで、兄に視線を投げた。
 オスカーは一拍、言葉をのみこんだ。

「……リアと婚約破棄をするという噂が流れていましたが」
「それが?」 
 
 ジークハルトはリアを連れて歩きながら、ぞっとするほど冷たく笑った。

「オスカー。おまえは、まるで婚約破棄を待ち望んでいたようだな?」
「いえ。決してそのようなことは」

 扉を開け、ジークハルトはオスカーを鋭く一瞥する。

「残念だったな? オスカー。婚約破棄などしない。リアには今日から皇宮で暮らしてもらう」 
 
 目を見開くオスカーを残し、ジークハルトはリアの手を引いて控え室を出た。

「……ジークハルト様」

 何度も呼びかけるも、彼は無言で円形階段を降り、大広間から離れる。
 大理石の廊下を、一言も発さず進む。

「どちらへ行かれるのですか」

 ジークハルトは答えない。彼から確固たる意思を感じた。
 彼の様子がおかしいことが気にかかる。

(どうしたの……)
 
 それに先程の言葉。
 
 皇宮で暮らしてもらう……?
 
 ジークハルトに手を掴まれ、後ろを歩きながらリアは彼の姿に視線を配る。
 バルコニーで会ったときよりは、体調は良さそうだ。
 それは安心だが、今の彼の行動がわからず、困惑した。

(前世とも、さっきバルコニーで話した彼とも、どこか感じが違う……)

 花火の上がる音が聞こえる。
 前世は婚約破棄され、大広間を出たとき、虚脱しながら花火を視界に映した。
 
 
 
 ジークハルトは、彼の暮らす白亜の宮殿内に入ると、長い廊下を通り、自室の扉の前で足を止めた。
 リアを連れ、入室する。
 美しく豪奢な室内だ。
 続き部屋の扉を開け、そこに足を踏み入れたところで、彼はようやくリアの手を離した。

「今夜からここが君の部屋だ」
「え……」
 
 彼は唇の端を上げる。

「さっき話しただろう。君に皇宮で暮らしてもらうと。君の部屋は、ここだ」

 広々とした室内は、今朝摘まれたばかりと思われる薔薇が飾られ、家具調度品は品があり格調高い。

「ここはジークハルト様のお部屋では……」

 間に仕切りの扉があるが、ジークハルトの主寝室と繋がっていた。

「ああ」

 ジークハルトはリアの顎を人差し指と親指で摘まんだ。
 リアはびくっとする。
 彼の双眸に壮絶な激しい光が宿っている。

「君から目を離すわけにはいかない」
「……どういうことですの」
 
 彼は吐息の触れる距離で囁いた。

「リア。君は、『闇』寄りではなく、『闇』術者だ」
「…………!」 

 リアは絶句し、愕然とする。

(……どうして、ジークハルト様がそれを知ってるの……?)

 今まで誰にも話したことはないし、気づかれたこともなかった。
 数百年に一度現れるかどうかといわれる『闇』術者。
 ヴェルナーにさえ、感知されていなかった。

「最初はわからなかったが、バルコニーで君が話していたのは、高位の魔物だ。帝国には、いにしえより、結界が敷かれてある。皇家直系であるオレが触れたため、魔物は帝国外に強制的に飛ばされたのだろう。その身は無事だろうが、もう帝国に入ってくることはできない」

 青ざめるリアに、ジークハルトは浅く笑う。

「君は魔物と会話をしていた。手なずけ、契約を結んでいるのだろう。結界で守られた帝国に、魔物を導ける者など、『闇』術者しかいない」
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