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第一部

前世の旅で

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 屋敷に帰ったあと、自室でようやく魔物のヴァンと話をすることができた。

「ヴァン、会えて嬉しい。大好きよ」
「うん、ボクもリアが大好き!」

 ヴァンは瞳をきらきらさせる。
 リアは小さな竜のヴァンを抱きしめる。

「抱っこされた!」
「うふふ、抱っこしちゃったわ」

 ころころと、ゆったりした長椅子の上を転がる。
 再び会えて、純粋に嬉しかった。
 が、魔物のことは思い出したが、彼に殺されたときのことはよく覚えていなかった。

「私が呼んだから、来てくれたの?」

 ヴァンはこくんと頷く。

「そうだよ。君がボクを思い出して、呼んでくれたから。それで今生の君に会え、助けることができた。でもね……」
 
 
 ──ヴァンが語ったところによれば、彼は帝国内では力が思うように使えないらしい。
 
 帝国には、いにしえより強い結界が敷かれ、本来、高位の魔物でも入ってこられない。
 しかし契約した主がいる場合は別だ。
 リアが契約していたため、彼はやって来られた。が、契約したのは今生ではない。
 だから力をすべて使うことはできないようだ。
 
 契約済みなため、再度契約を結ぶこともできない。

「君を乗せて、飛翔するくらいはできるよ。けれどボクの全部の力を使って守り切ることはできない。それにもし、皇家直系の人間に弾かれたら、帝国に入ってくることもできなくなる」

 しゅんとするヴァンの背をリアは撫でた。

「屋上からおちたときに助けてくれたでしょう。それだけで充分。あのままだと私、きっと亡くなっていたもの」
「ん、亡くなっていたよ」

 ヴァンは悄然と認めた。

(あの高さから落ちたら、助からないものね……)

「助けてくれてありがとう」
「君を助けるのは当然だもん」
「でも前世で私、あなたに殺されたわよね? どうしてだったのかしら。よく覚えていないの」

 ヴァンは悲痛な眼差しになる。

「……君がボクに命じたからだ。殺すようにね」

 リアは眉をひそめた。

「私、なぜそんなことを命じたりしたの?」

 ヴァンは目を伏せる。

「君は前世旅をしていたでしょ。ボクと契約した後も」
「ええ」

 冒険者になり、各地を旅した。

「君は南西の島国の聖女と出会ったんだ」

 リアはぼんやりと、思い出す。

 南西には、魔物が現れる。
 その島国では神託によって聖女が選ばれ、危険な旅をしなければならなかった。
 大聖堂に辿り着いてはじめて、真の聖女とみなされるのだ。
 
 リアは旅で一人の聖女と出会った。
 彼女を、大聖堂まで送り届けることになったのだ。

「もう少しで辿り着くところだった。ボクたちは到着前、古い廃屋に立ち寄ったんだ。
 けどそこには第一階級の残忍な悪魔がいた。聖女は悪魔に憑りつかれ、取り込まれて死んでしまうところだった。
 彼女を守るため、リアは悪魔を自らの身体に引き受け、ボクに命じた。
 自分を殺し、悪魔を消滅させるようにって。
 高位の悪魔ほど、君に惹かれる。君の魔力にも、紫色の瞳にも。
 低位の悪魔は逆に恐れて近寄れなかったりするけれどね。
 初め、力の強すぎるリアではなく聖女のほうに悪魔は憑りついた。けど君が自ら受け入れたので、嬉々として君に移った。
 ボクは君に命じられ、君を殺し悪魔を消滅させた」
 
 彼の説明とともに、そのときの情景が思い出された。
 
 だからヴァンはリアの心臓を握りつぶしたのだ。

(殺された瞬間を思い出してしまった……)
 
 ヴァンを怖いとは思わず、逆に申し訳なく思う。彼はそのとき、泣いていた。
 リアはヴァンを優しく撫でた。

「ヴァン、ごめんね。嫌なこと頼んでしまった、私」
「そうだよ……君はひどいよ」

 大きな瞳に涙を溜めるヴァンをリアは抱きしめる。

「ごめんなさい」

 くすんとヴァンはぐずり、ぴたりとリアにしがみつく。

「でも、こうしてまた君に会えた」
「あなたには、ずっとその記憶があったの?」

 ヴァンはぷるぷると首を振る。

「ううん。君がボクを思い出してくれた瞬間に、ボクの記憶は蘇った。でも、ずっと気になってて、この帝国の傍をうろうろしていたの」

 彼は尾をくるんと回す。リアはヴァンを腕のなかに包み込んだ。
  
 
 リアはヴァンとその日、一晩中話をした。
 
 しばらく彼はリアの傍にいて、屋敷で一緒に暮らしていたけれど、帝国では力が弱まるようなので、この先旅にでるまでリアはヴァンを、自由にさせることにした。

「君の危機には駆けつけるから。いつでもボクの名を呼んでよね」

 広い空へと羽ばたいていくヴァンを、リアは見送る。
 あと少ししたら、リアは婚約破棄され旅に出る。そのとき会えるだろう。
 
 今、寂しさを感じているのは、ヴァンとしばらく会えないから?
 それとも、ジークハルトとの別れを思ったから?

 舞踏会の日は、刻々と近づいてきている。
 
 覚悟は固めているが、緊張感は日々増していた。
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