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第一部

噂1

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 姉を心配してくれる、その気持ちは嬉しかった。

「ありがとう、カミル」  
 
 ジークハルトは違う相手を選び、リアは彼とは別の道を歩む。
 不幸ではない。
 だが……今生でもきっと心は痛む。



◇◇◇◇◇



 皇宮で夜会が開かれ、リアは家族と共に出席した。
 オスカーとカミルはすぐに令嬢たちに捕まった。
 彼らが女性に取り囲まれるのは、いつもの光景である。
 
 リアは公爵と共に、大広間で様々な人と歓談した。

「リア」

 名を呼ばれ、振り向くと幼馴染の姿があった。

「イザーク」

 彼と会うのは数週間ぶりである。
 長い黒髪を一つにまとめたイザークは、ミステリアスで大人っぽい雰囲気だ。
 オスカーやカミルと同じように、人気がすごく、先程彼も令嬢達に囲まれていた。
 
 イザークは公爵と挨拶を交わす。公爵は感心してイザークを眺める。

「君はまた身長が伸びたんじゃないか? 見るたびに成長を感じるよ」

 リアも常に思っている感想だ。

「いえ、身長だけ高くなって」

 公爵とイザークは談笑する。互いの家を行き来しているので、イザークは公爵とも親しい。

「あの、公爵。少しだけリアを借りてもいいでしょうか。ここだと人に囲まれ、静かに話ができませんので」
「ああ」 
 
 公爵は苦笑いする。さっきイザークが令嬢に捕まっていたのを見ていたのだ。

「構わないが、すぐに戻ってきてくれ。殿下がおみえになる前にね」
「わかりました。──リア」

 リアは頷いて、イザークと大広間を出た。

「いつも、大人気よね、イザーク」
「君の兄弟ほどじゃないさ」

 そう言って、イザークはくしゃくしゃと前髪をかきあげる。

「俺はあんなふうに笑顔で対応できない。すぐに逃げだしたくなる」
 
 リアは笑みが零れた。イザークは、女性に騒がれるのが苦手なのだ。

「それで大広間から出たの?」
「いや、君に話があって。庭園で話すさ」

 リアは彼と幅広の階段を降りたあと、宮殿の廊下を通って庭園へと出た。
 緩やかにカーブしている小道を並んで歩く。

「あのさ」

 彼は躊躇いがちに口を切った。

「殿下と俺の妹とのこと耳にした?」

(そのこと……)

 リアは身が強張る。

「……ええ」

 イザークは、溜息をついた。

「それ、誤解だ。妹と殿下はなんでもないから。妹はただ殿下と少し話をしただけで、二人に何かあるわけじゃない。くだらない噂だ」

 もし今、何もないとしても、これから本当にそうなる。
 リアはジークハルトが彼女を選べば、それに従うつもりだ。

 婚約破棄の回避のためには動かないと、前世を思い出したときから決めている。
 彼の意思を曲げることはしたくなかったし、運命なのだろうと割り切った。

「気にすることなんて全然ないから、リア」
「気にしていないわ」

 皆、リアがそのことを気にしていると思うらしい。

「けど、リア」
 
 前世のことは誰にも話していなかった。
 自分自身でも困惑していることだ。相手も混乱させてしまうだけで、信じてもらえないだろう。
 
 そのとき、リアは小道のへこみに足を取られ、体勢を崩した。

「リア」

 イザークが手を伸ばしてリアの腕を掴んだので、なんとか踏みとどまる。

「大丈夫か?」
「大丈夫。イザーク、ありがとう」

 彼は息を吐きだした。

「気を付けろよ? 君は昔っから、危なっかしくて目を離せないな。おてんばで」
「今はそんなことはないわ」
「いや、そんなことあるだろう」

 彼は心配そうに、リアの手を掴んだまま、屈む。

「ドレスは平気か……。ん、大丈夫」
「──何をしている」

 重低音が闇夜に響き、リアもイザークも驚いて、声のしたほうを見た。
 後方に、闇に溶けるような黒の衣装を身に纏った、ジークハルトの姿があった。
 
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