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第一部

記憶とは

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 ジークハルトとの会合は、リアが十五歳となった今も続いている。
 
 今日は彼の部屋で過ごしている。
 青と白を基調とした豪奢な室内だ。

 天井からクリスタルのシャンデリアが下がり、家具調度品は重厚で、扉や壁は繊細な彫刻が施され、金で装飾されている。
 優美な窓から陽が入り、絨毯に光の模様を描いていた。
 風がペールブルーのカーテンをふわりと揺らす。

「今度の夜会は出席するだろう、リア」
「出席いたしますわ」
 
 公爵から出席するように言われている。
 ジークハルトにエスコートされることになる。
 彼は十六歳となり、見上げるほど身長が高くなった。
 
 婚約当初から整った容姿をしていたが、現在彼は目の覚めるような完璧な美少年となっている。
 前世の記憶からもそうなるのは知っていたが。

(記憶、結構曖昧なのよね……)

 前世でもこうして過ごしたはずだ。でも一日、一日全てを覚えていなかった。
 日々成長する彼と間近で過ごしていれば、新鮮な発見や驚きがあった。

(ジークハルト様は、見目麗しくなられたわ……)

 彼といると、眩しく感じる。 
 自分のとる行動は、前世と基本的に変わっていないはずだが、記憶がぼやけているので、正確にはわからない。
 将来結婚をすることはないのに、婚約者として過ごすのは、どうなのだろう。
 
 十歳で前世を思い出してから、ずっと疑問に思っていることだった。
 婚約破棄されるのであれば、いっそ早めにしてもらったほうが良いのではないか。
 しかしこちらから婚約破棄を切り出すことなど不可能だ。彼に早く婚約破棄してとせっつくこともできない。
 
 それにリア自身の感情として、旅に出たいが、彼といたい気持ちもある。
 別れがくるのがわかっているのに、婚約者として過ごす、なんとも複雑な毎日を送っているのだった。

「夜会のあとには、花火が上がる。そういえば、君は前に花火を見て、泣いたことがあったな」

 リアは動揺した。

(前世の記憶を取り戻した日……)
 
 落ち着こうと、ハーブティを口にし、喉を湿す。

「……そんなこと、ありましたかしら」
「ああ、あった。君が十歳、オレが十一歳のときだ。そのときオレは――」

 彼は言葉を止め、眉を寄せた。

「……っ」

 彼はこめかみを押さえて呻き、前かがみとなる。

「ジークハルト様」

 リアはびっくりして立ち上がって、彼の傍に寄った。

「どうされたのです」
「……少し眩暈がしただけだ」
 
 ジークハルトの顔色は悪かった。
 
 彼は幼い頃は身体が弱かった。
 婚約以降は、そんなふうではなかったが。
 
 彼は『暗』寄りではないものの、『星』術者。『星』は身体が弱くなりやすい。
 急逝した幼馴染のことが脳裏を過り、不安が胸に押し寄せる。
 パウルも『星』術者だった――。

「ジークハルト様、お加減が優れないのでは……」

 彼は顔をあげ、ふっとリアを見つめた。

「……『風』術者の君なら、オレの体力を快復することができるが」
「私が?」
「そうだ。君がオレの心臓の上に手を置いて、口づければ、オレの体調は快復するだろう」

 その言葉に、リアは頬が赤くなった。

(……口づける……?) 

「それは一体どういう……」
 
 彼は唇に皮肉な笑みを滲ませた。

「嘘ではない。皇宮の書庫にある本に書かれてある。事実だ」

 もし事実だとしても、内容が内容だ。
 リアは硬直してしまった。

(……こんな場面、前世であった……?)
 
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