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第一部

ヴェルナーの事情2

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 ヴェルナーは伯爵に、クラブに連れていかれた。
 煌びやかな場所には、様々な色を持つ人間がいた。
 
 中に一人、ひときわ濁った者がいた。
 ヴェルナーは迷うことなく告げた。

「あの男だ」

 ヴェルナーは男を指さす。

「髭を蓄えた、細身の、壁際で酒をくらってる男。濁ってる」

 伯爵は顎を引き、目を眇めた。

「あの男は、傷害致死罪で来週捕まる。……おまえは確かにみえているらしい。帰るぞ」
「あと」
 
 伯爵は振り返る。

「なんだ。おまえはすでに力を証明してみせた」
「――もう一人いるんだけど」
「……もう一人?」

 伯爵は不審げに、ホールに視線を彷徨わせた。

「……どこだ?」
「右手奥にいる男。あれはこれから濁る」
「……これから? おまえは、これから濁る者もわかるというのか?」
「わかるよ」

 伯爵は奥歯を噛みしめ、ヴェルナーが示した男に目をやる。

「……プラーム男爵か……」

 ――その後、男爵は己の魔力を用い、殺人未遂事件を起こした。
 伯爵はヴェルナーの力を受け入れた。
 が、決して自分の息子とは認めなかった。



「色の濁った者、今後濁ると思われる者を見つければ私にすぐに報告するのだ」
「そんなことをして、おれに何のメリットがある」
「報酬は出る」

 生きるために、金は必要である。
 伯爵から推薦され、ヴェルナーは国に雇われた。魔術探偵として。
 街で怪しい者を見つければ、報告する。国ではなく伯爵に、だ。
 彼の手柄となるが、多くの報酬がもらえた。
 
 伯爵はヴェルナーの力を認めていた。だがヴェルナーのことを嫉妬し憎んでもいた。

「なぜ、私が持たなかったオッドアイをおまえが持っている」

 フレンツェン伯爵家の者はオッドアイが多いらしい。
 魔術探偵として素質があるのはそういった目をもつ者。
 
 だが伯爵はそうではなかった。
 亡き先代からオッドアイでないことを嘆かれていた伯爵は、喉から手が出るほどこの目が欲しいようだ。
 親戚に、家のことや様々な噂話をヴェルナーは聞かされた。

(おれは好きでこんな目をもっているわけじゃねえ。人と違う目なんて)
 
 伯爵は、ヴェルナーを息子として認知しなかった。
 しかし、ヴェルナーが事業をはじめるにあたり必要な費用は用立ててくれた。
 これには驚いた。
 
 今では、ヴェルナーは帝都一の高級賭博場の経営者となっている。
 伯爵に用立ててもらった分はすでに全て返し終えていた。

(おれは成り上がった)

 貴族が遊興でおとした金で、何でも買うことができる。
 能力を認められ、組織の上層部にもなり、帝国の秘められた内部事情にも通じていた。
 だが心は満たされない。

 本当に欲しいものは、どうしても手に入れることができないといった飢餓感。
 それが何かもわからぬまま。

(旅するのもいいかもしれねーな)
 
 リアは予知夢をみた。ヴェルナーが彼女の危機を助け、共に旅をしたという。
 自分がそういった行動をとったのだとすれば、彼女に惹かれる部分があったからだ。
 リアが秘める魔力。
 透き通っているが、不思議なオーラだ。
 
 ヴェルナーは、異質な能力のためか、否応なく魔力に魅了される。
 惹きつけられて、やまない。
 
 リアの予知夢では彼女が十六歳のとき、出会うはずだったらしい。
 人買いから彼女を助けたというのが本当なら、美しい彼女に目を留めたのも、助けた理由のひとつかもしれない。
 彼女に手を出す気にはならないだろうが。
 そうするには彼女は面白すぎ、勿体なさすぎるのだ。
 
(おれの、汚れきったこの手で彼女に触れる気はない)
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