上 下
34 / 100
第一部

ヴェルナーの事情1

しおりを挟む
 ヴェルナーは普通の人間より、術者を見る目はあるが、それでもなんなのか判別つかない。
 彼女と同じ種類の術者はみたことがなかった。
 悪いものではないから、組織に知らせていないが。
 
 ――ヴェルナーは、魔術探偵である。
 
 幼い頃に母が亡くなり、それからは貧民街で一人暮らしてきた。
 荷物運びや、煙突掃除などをし、泥の中を這いずるようにして生きてきた。
 
 昔から、ヴェルナーには普通の人間にはみえないものがみえた。
 人のもつ色、オーラだ。
 オーラを持つのは、大抵貴族だった。魔力を秘めた者である。
 
 中には、ひどく濁った色をした人間がいる。
 そういった者は、事件を起こしている。
 
 普通の者達は、人のもつオーラなどみえないし、魔力もないと気付いてからは、ヴェルナーは自分の能力を隠した。
 おかしな能力を持っていても、良いことなどない。
 
 ある日、荷物運びの仕事を終えた帰りに、被っていた帽子が風に飛ばされた。
 ヴェルナーは帽子を深く被り、左右の瞳の色が違うのを隠していた。
 人と異なるためだ。
 人間とは、異分子を排除しようとする生き物である。
 
 それに、一部にはある種の関心を惹いてしまう。面倒ごとに巻き込まれたくないので、なるべく目立たないようにしていた。
 
 すると黒塗りの馬車から降りてきた貴族の女が、ヴェルナーの帽子を拾った。
 女は術者だった。
 その年頃にはすでに、オーラのある人間は魔力持ちの『術者』だと知っていた。

「帽子を飛ばしたのは、あなたですか」
 
 ヴェルナーが問い掛ければ、女は笑った。

「やはり、見えるのね。素晴らしいわ、そのオッドアイ。――とてもよく似ている。来なさい。悪いようにはしなくてよ」


 貴族の女に気に入られることは初めてではない。
 薄汚れているが、己の外見は女に好まれるもので、声を掛けられることも度々あった。
 ヴェルナーは女について、屋敷に行った。
 
 大概、まず最初に汚れた身を清めるように言われる。
 そこでもそうであった。
 
 さっぱりと小綺麗になったヴェルナーを女は眺め、訊いた。

「名前は?」
「ヴェルナー・ヘーネス」
「それは母親の姓ね。父親は?」
「いません」
「母親は?」
「死にました」

 女は腕を組んで、ヴェルナーを見下ろした。

「あなたの生い立ちと、亡くなった母親の特徴を話して」

 それを知ってどうするのだろう。ヴェルナーは不審に思う。

「どうしてそんなことを? 何の意味がある?」
「悪いようにはしないと言ったでしょう。話しなさい」
 
 それでヴェルナーは、訝しみながら、話した。
 聞き終えれば、女は満足したように、何度か頷いた。

「あなた、特定の人間の色が見えるわね」

 女は確信をもっている。ヴェルナーは溜息をついて認めた。

「……ああ、見える」
「偶然さっき街で目にして気づいたわ。あなた、濁った色の男をじっと見ていたもの」

 女はすいと目を細める。

 確かに帰り道、すれ違った男をヴェルナーは凝視した。濁った色をしていたからだ。
 あの男は、何らかの事件を起こしている。今までもああいった色をした人間はそうだったから。
 
 女は紅を塗った唇を吊り上げた。

「あなたはオッドアイ……。あなたの父親は、わたしの兄なのよ。その顔、そっくりだわ」

 眉を顰めるヴェルナーに、女は告げた。
 女はフレンツェン伯爵家の人間で、その現当主はヴェルナーの父親だと。
 昔、伯爵家に勤めていたヴェルナーの母は、伯爵と関係があったらしい。

「ついていらっしゃい」
 
 
 
 ヴェルナーは女に連れられ、伯爵家を訪れた。
 立派な屋敷だ。
 
 そこで伯爵と対面した。
 冷ややかな双眸をした伯爵は、ヴェルナーを見て、言った。

「息子などではない」
「だけどお兄様、この子の瞳はオッドアイよ。人の色を見ることもできるわ。濁った者を見つけることができる。代々魔術探偵を輩出してきているこの伯爵家の人間だという証左じゃないの。お兄様が手をつけたメイドが母親だし。それにお兄様以上に、この子、お父様に似ているわ」
 
 伯爵は眉間に深く皺を刻む。
 彼は、ヴェルナーは自分の息子ではないが、様子をみると言い、ヴェルナーの能力を試した。
 魂を穢した術者を見つけろと命じたのだ。

「来い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

処理中です...