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第一部

気まぐれ

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「まあ、世には魔力を無効化させるものがあるな」
「そう、それなのよ」

 リアが危惧していることだ。

「もし術具を使われていたのなら、人買いから魔力で逃げられない」

 魔力を封じる術具。入手困難で、効果は永続的なものではないが、それを使われると厄介だ。

「わかった、魔力を封じられて逃げられねーなら、そのときは、そいつらからおれが君を買ってやるよ」

 リアを捕まえた輩は人身売買をしていて、金銭で動いた。前世、偶然その場に居合わせたヴェルナーに助けてもらったのだ。

「君には今まで色々、こちらが世話になったからな。従業員の問題も解決してくれたり」
「従業員の問題解決?」
「皆、君が来ると、モチベーションあがる。皆の相談に乗ってくれてるだろ」

 問題解決をしているつもりはないが、世間話をすることはよくある。

「君は従業員に人気なんだよ。おれに君を嫁にもらってほしいって、頼み込む奴もいる」
 
 ヴェルナーはグラスを手に取って、口に運ぶ。

「皇太子殿下の婚約者で、公爵家の令嬢だって知らないから言ってんだろうが。君が上流階級の人間だとはわかっているが、まさかそこまでの人間とは皆、知らない。平民に扮装しているし、こんなところに臆さず出入りするんだから」
 
 リアは小さく肩を竦めた。

「私は田舎で育ったし、公爵家令嬢といっても養女よ」

 ヴェルナーはテーブルに肘をつき、指を組む。

「婚約破棄されてもいいのか? 皇太子殿下に」

 リアは視線を逸らせた。

「ジークハルト様が決めたことなら、それでいいわ」
 
 リアは自身の胸の痛みからも目を背けた。
 
 ジークハルトが望む相手と結婚するため、リアとの婚約破棄を望むなら、何かをする気はないし、それを受け入れる。

「だが、君は――」

 俯いていたリアは顔をあげ、何か言いたげな彼を見た。

「え?」
「いや。ま、自分で気づかないと仕方ねえ、こういうのは」

 彼はぶつぶつ呟き、溜息をつく。

「――なあ、リア」

 彼は不思議そうに問う。

「予知夢をみて、国外に出るとわかったら、普通それを回避しようとするんじゃねーかね?」

 リアは首を横に振った。

「私、冒険者になるって決めているんだもの」
「冒険者ねえ……」
「ええ、そう。私の予知夢では、ヴェルナーも一緒に冒険者になる!」
 
 リアは期待を込めてヴェルナーを見つめる。
 彼は魔術探偵で、若いながらも世の中というものをよく知り、さらに『炎』の術者でもある。
 前世、彼の存在は大変助けになった。だから今生でも一緒に旅をできればとリアは思っている。
 彼も冒険を楽しんでいたから、勧誘を続けているのだ。

「でもどうしてあなたは、助けてくれたのかしら」
「?」

 リアはずっと不思議に思っていたのだ。

「何がだ?」
「私の予知夢では、あなたとこうして出会っていなかったの。見ず知らずの私をあなたは助けてくれて、築き上げた全てを捨てたわ」

 支配人にこの賭博場を預け、彼は国を出た。
 前世で聞いたときは、気まぐれだと答えていたけれど。
 たぶん窮地に陥っていたリアを放っておけなかったのだろうと思う。ぶっきらぼうだが、人間力があり、リアが知る誰より、彼はお人好しだ。

「気まぐれだろ」

 今生でも同じ回答だった。
 
 リアはぷっと吹き出す。

「何がおかしいんだ?」
「いえ、なんでもないわ」
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