闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣

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第一部

どうして

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(え!?) 
 
 リアはびっくりして、椅子から立ち上がった。

「ど、どうしてこちらに……!?」
「その男は誰だ」
「え……パウル……!?」

 イザークは瞠目し、喉の奥から掠れた声を出した。

「君、生きていたのか……!?」

 ジークハルトはイザークを無視し、リアに視線を当てている。

「リア。この男は誰かと聞いているんだが?」

(どうして、ジークハルト様が屋敷に)

 リアは困惑しながら、喉を湿し言葉を発した。

「彼は……私の幼馴染ですわ。村にいたときの」

 ジークハルトは顎を上げ、イザークを見据える。

「ああ……侯爵家に引き取られたという」

 呆然としているイザークに、リアは説明した。

「イザーク、このかたはジークハルト殿下」
「皇太子殿下……!?」

 イザークは愕然とジークハルトに見入る。

「嘘だろ……」
 
 パウルとそっくりだから、イザークも混乱しているのだ。
 イザークは立ち尽くしていたが、その場の様子から事実だと悟ったようで、丁重に名乗った。

「……殿下、失礼しました。イザーク・クルムです」

 ジークハルトは腕を組み、歪んだ笑みを唇に刷く。

「屋敷を訪れてみれば、幼馴染と逢引きか、リア。オレという婚約者がいながら」
「逢引きなんかじゃありませんわ!」
「現に男と二人きりではないか」
「……殿下、誤解です。俺とリアは昔からの友人です」
「イザークは幼馴染で、友人だから会っています。決して逢引きなどではありません」
「幼馴染との話を邪魔したようだな。オレは君に菓子を持ってきただけだ。帰る」

 そう言って、ジークハルトは踵を返し、廊下へと出る。慌てて外まで見送ろうとすると、彼はそれを止めた。

「見送りはいい。来るな」


 
※※※※※



 思い立って、リアのもとにやってきたのだが。
 帰りの馬車に揺られながら、ジークハルトは憤りを抑えきれない。

(なぜ、男と二人で部屋にいる?)
 
 幼馴染で友人だと話していたが。
 まだ子供でも、異性は異性だ。
 
 感情が荒く波立ち、苛々とする。

(……オレはどうして、これほど腹を立てているのだ)

 彼らは友人に違いないのだろう。

 わざわざリアのもとを訪れた理由は何だ。
 自分自身でさえ、己の行動と感情が掴めず、よくわからない。
  
 リアは愛のある結婚をしたほうがよいといった。
 そういった結婚をきっと彼女自身は望んでいたのだ。
 愛だの恋だの、馬鹿馬鹿しい。ジークハルトはそう思っている。
 しかし、リアのことは興味深くみている。彼女といると、困ったことにとても楽しい。
 
 これまで感じたことのない気持ちが胸の内に広がる。
 今日も、約束などしていなかったが、彼女に会いにきてしまった。 
 皇宮ではじめて顔を合わせたときから、不思議な想いを抱いている。
 
 彼女は、美形の家系といわれるアーレンス公爵家の人間だけあり、美少女だ。将来はさらに美しく成長するだろうと思われた。
 だが、見た目の美醜などはどうでもよかった。
 美しいだけの、人形のような令嬢など、彼女と会う前に飽きるほど見た。
 
 気になったのは彼女の容貌ではない。
 
 まっすぐな意思を秘めた眼差し。
 彼女がジークハルトに向けるその瞳に、吸い込まれるように、捕らわれた。

(最初会ったときのあれは一体、なんだったのだろう)
 
 時が止まったように感じた。
 彼女はこの自分の根本的な部分を、みているような気がした。
 
 ジークハルトはその場で、彼女と婚約することを決めた。
 他のどの令嬢と会ったとしても、彼女に感じる、この気持ちを得ることは決してないと確信したからだ。

 だが積極的に彼女と関わっていくつもりはなかった。
 父はジークハルトに無関心だ。母はジークハルトを拒絶していた。
 自分に近づいてくるのは、身分に惹かれた者ばかりだ。
 
 愛情は誰からも得られない。
 誰にも興味をもてない。誰のことも信じられない。
 虚無のなか過ごしている。
 ただ、リアといるときは、心が弾み、生きていると感じることができた。
 
 透明感があり、美少女すぎて冷ややかなほどなのだが、笑顔はあたたかく、話している表情は柔らかだ。
 今日、約束はしていなかったが彼女に会いたくなって、訪れた。
 リアも喜んでくれるのではないか、と非常に愚かなことまで考えていた。

(オレと会っているときより、幾らかあの男といるときのほうが楽しげだったではないか)
 
 リアは幼馴染といるほうが良いのだ。安らぐのだ。
 その事実を辛く感じた。

 部屋の扉を開ける前、聞こえた言葉――。
 彼女は父親のような相手と結婚したかったと。しかも自分はその父親に似ていないようだ。

(なぜこれほど胸が痛む)
 
 彼女がジークハルトを見る瞳は、時にとても悲しげだった。
 理由が気になっていたが、それは自分との結婚が嫌だったからなのだろう。
 彼女にとって、己の意思関係なく無理やり決められたことなのだから。

(わかっていたこと。なのに、どうしてオレはこんなにこたえている?)

 ジークハルトは皇宮に戻る馬車の中で、血が滴るほど拳を握りしめた。
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