闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣

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第一部

二人で過ごす時間

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(え――) 
 
 彼はリアの頬についていたらしいクリームを唇で取った。ぬくもりを頬に感じて、リアは唖然と彼に視線を返した。

「ジークハルト様……」

 すぐ傍にジークハルトの整ったきらきらした顔がある。

「なんだ」

 パウルとよく似た、綺麗なセルリアンブルーの双眸。
 吸い込まれそうで、リアは彼と視線を交わしながら頬を染めた。

「ええと、今……」
「頬についていた。甘いクリームだな」

 じっと見つめられ、リアは瞳が揺れた。

(パウルと同じ顔に、声……)
 
 まるで彼が生きてそこにいるようだ。心臓が壊れそうになる。
 しばし至近距離で見つめ合ってしまったが、リアは目を伏せた。

「あの……申し訳ありませんでした。おっしゃっていただければ、頬のクリーム、自分で取ります。ケーキも、自分で食べます」
「駄目だ」

 彼は即座にそう言う。

「な、なぜでしょう……」
「君は、食べる量を気にしているだろう。このオレが調整してやる」

 ジークハルトはそう提案した。

「オレが止めるまでは幾ら食べてもいい」
「……はい」
「さあ、折角君のために、料理人が腕によりをかけて、作ったんだ。食べればいい」
「……わかりました」

 皇太子はリアに手ずから食べさせる。
 距離が近いので、意識してしまったけれど、美味しいケーキを食べているうちに気にならなくなった。

(本当になんて美味しいの……幸せ……)

 蕩ける思いで、ケーキを味わっていると、隣に座るジークハルトが後ろを向いていた。
 その背が揺れている。

「? ジークハルト様? どうなさったのですか?」
 
 首を傾げて尋ねると、彼は前に向き直った。

「何がだ」
 
 その顔はいつもと同じ、無表情なものだった。

「次はこれだ」

 彼はタルトを切り取って、皿に載せ、またリアに食べさせようとする。リアは疑惑の目で彼を見た。

「ジークハルト様……ひょっとして、今笑ってらっしゃいました?」

 彼は真顔で否定した。

「違う」
「本当ですか?」
「ああ。ほら、これも君の好きな甘い菓子だぞ」

 リアは怪しみながらも、美味しいお菓子に抗えなかった。
 ジークハルトは満足げに微笑む。

「君が美味しそうに食べている姿を見るのは、面白い」

 ぽつりと呟かれた言葉を、食べることに集中していたリアは聞きとれず、ティーカップを手に取った。

「ジークハルト様?」
「なんでもない」

 彼は口角を引き上げ、首を横に振る。



◇◇◇◇◇


 
「皇太子殿下との婚約が決まったんだな」
「それでこのところ忙しくて」

 しばらく会っていなかったイザークが公爵家にやってきた。
 応接室のテーブルについて、久しぶりに話をする。
 ジークハルトと婚約してから、家庭教師がさらに増え、皇宮に行くこともあり、今日まで時間がなかなか取れなかったのだ。

「息が詰まらないか?」
「授業がたくさん増えたし、羽を伸ばしたいとは思う」
 
 幼い頃は、草原でいっぱい駆けまわることができたのだが。
 
 しかし皇宮に行くのは嫌ではない。出されるお菓子は美味しく、ジークハルトが、悪いひとではないとわかった。
 それにふいにみせる笑顔、仕草、眼差しなど、どきっとするほどパウルと似ている。
 
 一緒に過ごしていると、時折とてつもなく切なくなる。
 そのことについてはイザークに話さなかった。別人だ、話せば、さらにパウルを思いだしてしまう。
 互いの近況を伝え合っていると、部屋の外がなにやら騒がしくなった。

「なんか、ざわついてる」
「領地に行っていたお父様が、戻ってこられたのかも」
「挨拶しないとな」 

(けれど、予定より帰りが随分早いわ)

 イザークは窓の外をどこかぼんやりと見ながらリアに問い掛ける。

「そういえば前、リアは、君のお父さんみたいなひとと結婚したいと言ってたけど、皇太子殿下は似てる?」
「ううん。父様とは似ていないわ」

 実父はとても穏やかなひとだった。
 ジークハルトは、少し恐い。だが本当は優しいひとではないかと思う。
 誰と過ごすより、リアはジークハルトと過ごす時間が好きだった。

(いつも複雑な感情に苛まれるんだけど……)

 そのとき、扉の傍で低い声が聞こえた。

「何をしているんだ?」
 
 驚いて声のほうを見れば扉が開いていて、ジークハルトの姿がみえた。
 
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