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第一部
珍獣?
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生垣で区切られた庭園迷路の中へと彼は入っていく。
彼は冷たく辺りに視線を巡らした。
「この場所は母が好きだった場所だ」
緑が輝いていて美しいが、彼は苦々しげに眉を寄せる。
「オレが母に話しかけようとすれば、母はここを出た。母はオレのことを忌み嫌っていたんだ。病で亡くなったが、オレは呪われていると、顔もみたくないと母は言い、オレに会おうとしなかった。……両親は愛のない結婚をした。父は君の母親を好きだったんだ。逃げられた後も、ずっと」
彼は立ち止まり、こちらを振り向く。
「君には理解できないだろう。愛し合う両親のもとに生まれ、幸せに育った君には。オレは王族の義務、愛なき結婚で生まれた。父の心は、今も昔も君の母親にある。オレの母が亡くなってすぐ、父はオレの婚約者にと君を候補に挙げたよ。自分が好きだった元婚約者の娘を。両親は不仲で、母はオレだけではなく父も避けていた。……母がああなるのも、仕方ない」
嘲るように喉の奥で笑う彼は、なんだか泣きそうにみえて、リアは彼に手を伸ばした。
「ジークハルト様」
彼はリアの手を払いのけた。
びくっとリアは背を震わせた。
「女など、信じるに値しない。オレは誰も愛さない。本当は誰とも結婚などしたくない。それでずっと誰のことも選ばなかったのだ」
リアは胸が痛んだ。
彼は心に深い傷を抱えている。
それを和らげるのが、婚約者である自分の役割かもしれない。
彼を放っておけない。
「なら、私が女でなければよろしいでしょうか」
「なんだって?」
リアは姿勢を伸ばして告げた。
「ジークハルト様は、今、女は信じるに値しないとおっしゃいました。なら、私は今後、男装しますわ!」
本気で言ったのだが、ジークハルトは呆れたようだ。
「男装しても女は女だ。それにオレは女だけではなく、人間そのものを信じない」
リアは自分の手を強く握りしめる。
「将来、私達は結婚するのですし、私はジークハルト様に信用していただきたいですわ」
「誰のことも信じないと、今話した。君はオレの話をちゃんと聞いていないだろう」
ジークハルトは溜息をつき、黄金の長い髪を煩わしそうにかきあげる。
「私、ジークハルトさまに信頼していただけるよう、頑張りますので」
決意を表明するリアを、ジークハルトはまじまじと見、沈黙したあと、言った。
「君は信用ならない人間のなかでも、特に変わった者だというのは、よくわかった」
(……え?)
リアは慄いた。
ひょっとして最も信用ならない者だと、思われてしまったのだろうか……?
色を失くすリアを見て、彼は唇に笑みを湛え、歩き出した。
◇◇◇◇◇
ジークハルトと会うことは、それから何度かあった。
だが、お茶を飲むだけで無言で去るということはなくなった。
彼は珍獣をみるように、リアをみている。
「君は、甘いものが好物だな」
「え……どうしてお分かりになったのでしょう」
びっくりして訊くと、彼は当然とばかりに返した。
「分からないはずがないだろう。君はいつも甘いケーキを美味しそうに食べているし、頬のあたりが少しふっくらした。甘味を好み、家でもいつも食しているのだろう?」
リアははっと頬に手を添える。
(どうしよう……太った……!?)
そういえば、最近ドレスがきつくなったような……?
「どうした?」
「私……太ってしまったようですわ」
自己管理のできない人間だと、さらに不信感をもたれてしまうかもしれない。リアは今後甘味を食べ過ぎないようにしようと心に誓う。
「もう食べないのか?」
「はい。今日はもうやめておきます」
フォークを置く。しかし名残惜しくケーキに視線をおとしてしまうと、彼は向かいの席から、隣に移動してきた。
リアのフォークを手に取って、ケーキを一口大に切り、それをリアの唇まで近づける。
「……ジークハルト様?」
戸惑い、リアが目を瞬くと、彼は横でリアを眺めた。
「食べたいのなら、食べればいい」
「……ですけれど……」
「食べたくないのか?」
甘いものが好きなリアは正直に言った。
「……食べたいです……。でも、太ってしまいます」
「なぜ太ってはいけないんだ?」
「私は皇太子殿下の婚約者です。立場上、太るべきではないと」
「そんな理由なら、構わない。気にする必要はない。君は細すぎるくらいだ。もっと太ればいい。健康上問題があれば、そのときは止める」
「よろしいんですの?」
「ああ。ほら」
リアは口元に運ばれたケーキを口にした。
柔らかなスポンジにしみ込んだブランデー、濃厚なチョコ、フィリングのフレッシュな果実。
(美味しい……!)
皇宮にはすこぶる腕の良い料理人がいるようだ。半端なく美味しいのである。
最初の頃は緊張して、喉を通らなかったのだが、近頃はここで食べるお菓子が、楽しみになっている。
彼がフォークで運んでくるケーキをもぐもぐと口にする。リアは唇を綻ばせる。
「頬にクリームがついている」
ジークハルトはフォークを置いて、リアの顔に顔を近づけた。
彼は冷たく辺りに視線を巡らした。
「この場所は母が好きだった場所だ」
緑が輝いていて美しいが、彼は苦々しげに眉を寄せる。
「オレが母に話しかけようとすれば、母はここを出た。母はオレのことを忌み嫌っていたんだ。病で亡くなったが、オレは呪われていると、顔もみたくないと母は言い、オレに会おうとしなかった。……両親は愛のない結婚をした。父は君の母親を好きだったんだ。逃げられた後も、ずっと」
彼は立ち止まり、こちらを振り向く。
「君には理解できないだろう。愛し合う両親のもとに生まれ、幸せに育った君には。オレは王族の義務、愛なき結婚で生まれた。父の心は、今も昔も君の母親にある。オレの母が亡くなってすぐ、父はオレの婚約者にと君を候補に挙げたよ。自分が好きだった元婚約者の娘を。両親は不仲で、母はオレだけではなく父も避けていた。……母がああなるのも、仕方ない」
嘲るように喉の奥で笑う彼は、なんだか泣きそうにみえて、リアは彼に手を伸ばした。
「ジークハルト様」
彼はリアの手を払いのけた。
びくっとリアは背を震わせた。
「女など、信じるに値しない。オレは誰も愛さない。本当は誰とも結婚などしたくない。それでずっと誰のことも選ばなかったのだ」
リアは胸が痛んだ。
彼は心に深い傷を抱えている。
それを和らげるのが、婚約者である自分の役割かもしれない。
彼を放っておけない。
「なら、私が女でなければよろしいでしょうか」
「なんだって?」
リアは姿勢を伸ばして告げた。
「ジークハルト様は、今、女は信じるに値しないとおっしゃいました。なら、私は今後、男装しますわ!」
本気で言ったのだが、ジークハルトは呆れたようだ。
「男装しても女は女だ。それにオレは女だけではなく、人間そのものを信じない」
リアは自分の手を強く握りしめる。
「将来、私達は結婚するのですし、私はジークハルト様に信用していただきたいですわ」
「誰のことも信じないと、今話した。君はオレの話をちゃんと聞いていないだろう」
ジークハルトは溜息をつき、黄金の長い髪を煩わしそうにかきあげる。
「私、ジークハルトさまに信頼していただけるよう、頑張りますので」
決意を表明するリアを、ジークハルトはまじまじと見、沈黙したあと、言った。
「君は信用ならない人間のなかでも、特に変わった者だというのは、よくわかった」
(……え?)
リアは慄いた。
ひょっとして最も信用ならない者だと、思われてしまったのだろうか……?
色を失くすリアを見て、彼は唇に笑みを湛え、歩き出した。
◇◇◇◇◇
ジークハルトと会うことは、それから何度かあった。
だが、お茶を飲むだけで無言で去るということはなくなった。
彼は珍獣をみるように、リアをみている。
「君は、甘いものが好物だな」
「え……どうしてお分かりになったのでしょう」
びっくりして訊くと、彼は当然とばかりに返した。
「分からないはずがないだろう。君はいつも甘いケーキを美味しそうに食べているし、頬のあたりが少しふっくらした。甘味を好み、家でもいつも食しているのだろう?」
リアははっと頬に手を添える。
(どうしよう……太った……!?)
そういえば、最近ドレスがきつくなったような……?
「どうした?」
「私……太ってしまったようですわ」
自己管理のできない人間だと、さらに不信感をもたれてしまうかもしれない。リアは今後甘味を食べ過ぎないようにしようと心に誓う。
「もう食べないのか?」
「はい。今日はもうやめておきます」
フォークを置く。しかし名残惜しくケーキに視線をおとしてしまうと、彼は向かいの席から、隣に移動してきた。
リアのフォークを手に取って、ケーキを一口大に切り、それをリアの唇まで近づける。
「……ジークハルト様?」
戸惑い、リアが目を瞬くと、彼は横でリアを眺めた。
「食べたいのなら、食べればいい」
「……ですけれど……」
「食べたくないのか?」
甘いものが好きなリアは正直に言った。
「……食べたいです……。でも、太ってしまいます」
「なぜ太ってはいけないんだ?」
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「そんな理由なら、構わない。気にする必要はない。君は細すぎるくらいだ。もっと太ればいい。健康上問題があれば、そのときは止める」
「よろしいんですの?」
「ああ。ほら」
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(美味しい……!)
皇宮にはすこぶる腕の良い料理人がいるようだ。半端なく美味しいのである。
最初の頃は緊張して、喉を通らなかったのだが、近頃はここで食べるお菓子が、楽しみになっている。
彼がフォークで運んでくるケーキをもぐもぐと口にする。リアは唇を綻ばせる。
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