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第一部

婚約

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(――え……? 皇太子殿下の婚約者?)

 顎をおとしそうになるリアに、皇帝は続けた。

「今まで何人かジークハルトの花嫁候補がいた。家柄良く美貌に秀でた娘たちを引き合わせてきたが、あれはどれも首を横に振った。おまえだけだ、縦に振らせたのはな」

 リアは非常に焦った。

「ジークハルト様は、すぐに席を立たれたのです。私を気に入ったというふうではありませんでした」
「あれはおまえに何と言ったのだ?」

 リアは最後、彼が皇帝に伝えるように言った言葉を思い出して口にする。

「……私で構わない、と。でもそれは――」

 皇帝はふっと笑った。

「おまえを気に入ったということだ」
「いいえ、そうではないのです!」

 しかし聞き入れてもらえず、突如、ジークハルトと婚約することが内々で決まったのだった。



 リアが困惑していると、馬車の中で、公爵が深く息を吐き出した。

「まさか妹に続いて、リアまでが、皇太子の婚約者となるとは……」

 母も以前、皇太子――現皇帝の婚約者だった。
 リアはきゅっとドレスのスカートを掴む。

「とんでもない誤解なのです。陛下にも申し上げましたが、ジークハルト様が私を気に入ったわけではないのです、お父様」

 皇太子との婚約後、駆け落ちしたリアの母のことを思い返しているのだろう、公爵は暗い顔つきだ。

「……私としてはオスカーとリアの結婚を考えていたんだ」

 リアは虚を衝かれた。

「お兄様とですか?」
「ああ。オスカーには話していたのだよ。息子は了承していた」

 そういえば……そんな話をされた、兄から。

(あれは……冗談ではなかったの?)

「リアがオスカーと結婚してくれれば、私も安心だったのだが……」

 公爵は頭を抱えた。

「妹が逃げ出した相手の息子だ……。ジークハルト皇太子は、以前は病弱で今は快復したときくが、傲慢らしいし心配だ……」

(パウルととても似ていたけれど、性格は違う……)

「きっと婚約の話はなかったことになります、お父様」

 ジークハルトはどうでもいいという感じだった。気に入られてなどいなかった。

「ならいいが。リアとオスカーに幸せになってもらいたいからな」

 兄との結婚も考えられない。
 屋敷に引き取られてから、リアはオスカーを実の兄のようにみてきた。
 兄も公爵に言われて、仕方なく了承したに違いない。
 


 夕食の席で、公爵が今日のことをオスカーとカミルに話した。
 不快げにオスカーの眉間に皺が寄る。

「リアと殿下が婚約?」
「ああ、今日内々に決まったのだ」
「姉上が、叔母上と同じ立場になるわけ?」

 カミルはぱちぱちと瞬き、リアをちらっと見る。

「今日、皇宮に行ったのはそれでだったの? 殿下にお目にかかり、婚約することに?」
「そうだ」

 公爵が力なく認め、リアは馬車の中でも話したことを言葉にした。

「このお話はきっと流れます、お父様。ジークハルト様は、投げやりでしたもの。正式に婚約が決まることはないです」
「ははっ」

 カミルは笑った。

「もし今回も婚約が流れたら、皇家との間にさらに因縁が? それってちょっと面白いかも」
「不謹慎だぞ、カミル」

 オスカーがカミルを諫める。カミルは唇を尖らせた。

「皇太子との結婚から逃げたくなったら、ぼくが姉上を攫って逃げてあげるから、問題も心配もないし」
 
 オスカーはどうしようもないといったように、カミルを睨んだあと、リアに目線を移動した。

「正式に決まることはないと?」
「ええ、お兄様。そんなことになりませんわ」

 リアはそう思っていたが、その後すぐ、リアとジークハルトとの婚約は正式に決まった。
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