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第一部
別人
しおりを挟むけれど……パウルは亡くなったはず。
「あなた、生きていたの……」
感激で涙が滲みそうになると、彼は訝しげに眉をひそめた。
「は? 何を言っている? 誰がいつ死んだ」
彼は優雅に椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
「ここに呼ばれたということは、君が父のお眼鏡にかなったということだ。今までより、決まった時間もやけに早い。君はアーレンス公爵家の養女だろう? あの家系は美形が多いときくが」
そう言って、彼は冷ややかな視線をリアに向ける。まるで初めて会ったかのような態度だった。
「……私がわからないの?」
「? 君は何を言っているんだ、さっきから」
彼は胡乱に目を眇めた。
「オレを見下ろしながら話すとはよい度胸だ。さっさと座らないか」
リアは慌てて椅子に座りなおした。
「どうしてあなたがここに……」
「父に命じられたからだ」
彼はテーブルのカップを手に取り、口に運んだ。
「変わった女のようだが、どこが父に気に入られたのか。外見か」
検分するように見られ、リアは不可解に思う。
(そっくりだけれど……パウルじゃないの……?)
「……あなたは?」
喉の奥から声を押し出して訊けば、少年は皮肉な笑みを口元に湛える。
「オレに先に名乗れと? 本当におかしな女だ」
彼は椅子の背に片手を置いて、呆れたように溜息をつく。
「オレはジークハルト・ギールッツ」
リアは唖然と彼に視線を返す。
(ジークハルト・ギールッツ……!? それって皇太子殿下の名……)
「自分は名乗る気はないのか?」
リアはこくんと息をつめる。パウルだったら、リアをわからないはずがない。
彼は別人なのだった。世の中には、三人はそっくりな人間がいるというが。
「……リア・アーレンスです」
しかし余りに似ているため、尋ねずにいられない。
「あの……ずっとこの皇宮でお暮らしですか?」
彼は不思議そうにリアを眺める。
「なぜそんなことが気になる? 生まれたときからここで暮らしている。オレが帝都を離れたことは、父の視察に同行した以外ではないが」
彼は少し離れた場所に控えていた近衛兵のローレンツに声をかける。
「それに間違いはないな」
ローレンツは、同意した。
「はい。殿下」
リアは内心ひどくがっかりした。
(彼は……本当に別人なんだわ……)
「で、なぜ、そんなことを?」
リアは一瞬喜んでしまった分、大きなショックを受けてしまい、消沈しながら答えた。
「……私は八歳まで村で育ちました。帝国の西にある村です。ジークハルト様の幼い頃はどうだったのかと思いまして……」
彼は口角の右側を持ち上げた。
「君は公爵の妹が、駆け落ちして生まれた子らしいな? ……ああ、それが、父が君をここに寄越した一番の理由だな。結婚したかった相手の娘と、自分の息子を、と思ったのか」
「え……」
彼は一人納得し、苦く笑う。
「どうせ父は君を第一候補にしているに違いない。オレも今後、何度も同じことをさせられるのは、面倒だし御免だ。リア・アーレンス。君で構わない。そう父に伝えるんだ。わかったな」
(……)
彼は一方的に告げれば、身を翻して風のように去っていった。
ぼんやりとその後ろ姿を見送る。後ろ姿もパウルと似ていた。髪は長く、あの頃のパウルよりも身長は高いけれど。
すると控えていたローレンツが、リアの傍に寄り、興奮した様子で言った。
「おめでとうございます、リア様!」
「え?」
何に対して、祝われているのだろうか?
「陛下にご報告を」
「は、はい」
何が何だかわからないが、とにかくこれで用事が終わったようだ。
リアはほっとし、ローレンツに引き連れられて、謁見の間へと戻った。
皇帝と公爵がこちらを注視する。
「どうだった。ジークハルトはなんと?」
「殿下は、リア様をお気に召しました、彼女をお選びになると!」
その言葉にリアは眉を寄せる。
(彼が私を気に入っているようには、全くみえなかったわ)
「そうか」
皇帝は鷹揚に頷いた。
「では、決まりだ。リア・アーレンス。おまえを息子の婚約者とする」
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