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第一部
出会い
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硬直するリアを、皇帝は長く無言で眺め、ようやく声を発した。
「ローレンツ。この娘をすぐに案内しろ」
「は」
後方にいた近衛兵は短く答え、リアの前まで無駄なく歩いてきた。
「ご案内いたします、お嬢様。どうぞこちらに」
「え……」
リアは心細くなり、公爵を仰いだ。
「お父様」
公爵も戸惑いの表情を浮かべる。
「――陛下、私も娘に付き添っても?」
しかし皇帝は、かぶりを振った。
「いや。おまえには話がある。残れ」
「……承知しました」
それでリアは一人、近衛兵に連れられて、謁見の間を出ることとなったのだ。
(……どこに連れていかれるの……?)
……もしかして……。許せない娘だ! と牢に捕らえられてしまうのでは。
そんな危惧を抱き、冷たい汗が滲んだ。
近衛兵は、先程リアが通った大廊下とは違う、庭園に伸びる廊下を進む。
後ろを歩くリアを気にかけながら、彼は柔らかく声を掛けてきた。
「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ?」
また十代の年若い近衛兵はリアに、笑顔を向ける。
「誰もあなたをとって食ったりはしませんからね」
逞しい体つきをしていて、赤褐色の髪に、グレーの瞳。
清潔感があり爽やかな笑顔を見ていると、心が落ち着く。すこぶる好青年だ。
「ありがとうございます」
気遣ってくれた近衛兵に頭を下げて礼を言うと、彼は笑みを深める。
「いえ。私はローレンツ・フューラーです。あなたはアーレンス公爵家のご令嬢、リア様ですね」
「はい。ですけれど、私は養女なのですわ」
彼は立ち止まり、リアと目線を同じにして、そっと告げた。
「アーレンス公爵の妹君のお嬢様ですね。存じております。ですが皇宮においては、そのことは口になさらないほうがよいかもしれませんね。皇帝陛下とのこともございますから」
親切に忠告してくれたローレンツに、リアは素直に頷いた。
(そうね。私、なんて迂闊なのかしら。この皇宮にきてしまったこと自体、そうだし。このひとは聞かされていないかもしれないけれど、私はこのまま牢に入れられてしまうのかも。そうなったら、全速力で逃げなきゃ!)
リアは、以前から身体を鍛えてきた。
現在も教師の一人からは護身術を学んでいる。
公爵は必要ないと言ったが、頼んでつけてもらった。昔、村で指導を受けたヨハンから、人生何が起きるかわからないし、身を守る術を身に付けることは大切だと聞いた。
リアは『闇』寄り。
身体が弱くなりがちなので、体力をつけるためにも良いだろうと、公爵は納得してくれたのだ。
その鍛錬が今こそ役に立つ!
捕らえられたり、殺されるのは御免である。
走って逃げる心構えをし、周りを見回し、逃走経路を考えた。
闇魔力を使えば、恐らく逃げられる。だが両親と使わないと約束した。
公爵家の皆もリアのことを『風』術者の『闇』寄りだと思っている。リアが『闇』術者として覚醒していることは、誰にも知られていない。
渡り廊下を通って、傍らに巨大な噴水がある場所でローレンツは立ち止まった。
「それではこちらでお待ちいただけますか」
「――はい……」
設えられたテーブルにつくよう言われ、リアはおずおず腰をおろす。
(一体、何がこれからはじまろうとしているの……?)
ここが引き渡しの場所で、これから牢へ直行?
すこぶる不安だ。立っていたら、倒れてしまっていただろう。
少しして、テーブルにお茶菓子が並べられ、リアの前と、向かいの席にティーカップが置かれた。
(……誰かもう一人来るの?)
「君がそうか」
突如声がして、びくっとして横を見れば、細かな刺繍の入った白の衣装を身につけた少年がいた。
金色の髪に、セルリアンブルーの双眸、品のある通った鼻梁、甘やかな感じの唇。
(パウル……!)
リアは目を見開き、椅子から立ち上がった。
そこにいたのは、初恋の相手だった。
「ローレンツ。この娘をすぐに案内しろ」
「は」
後方にいた近衛兵は短く答え、リアの前まで無駄なく歩いてきた。
「ご案内いたします、お嬢様。どうぞこちらに」
「え……」
リアは心細くなり、公爵を仰いだ。
「お父様」
公爵も戸惑いの表情を浮かべる。
「――陛下、私も娘に付き添っても?」
しかし皇帝は、かぶりを振った。
「いや。おまえには話がある。残れ」
「……承知しました」
それでリアは一人、近衛兵に連れられて、謁見の間を出ることとなったのだ。
(……どこに連れていかれるの……?)
……もしかして……。許せない娘だ! と牢に捕らえられてしまうのでは。
そんな危惧を抱き、冷たい汗が滲んだ。
近衛兵は、先程リアが通った大廊下とは違う、庭園に伸びる廊下を進む。
後ろを歩くリアを気にかけながら、彼は柔らかく声を掛けてきた。
「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ?」
また十代の年若い近衛兵はリアに、笑顔を向ける。
「誰もあなたをとって食ったりはしませんからね」
逞しい体つきをしていて、赤褐色の髪に、グレーの瞳。
清潔感があり爽やかな笑顔を見ていると、心が落ち着く。すこぶる好青年だ。
「ありがとうございます」
気遣ってくれた近衛兵に頭を下げて礼を言うと、彼は笑みを深める。
「いえ。私はローレンツ・フューラーです。あなたはアーレンス公爵家のご令嬢、リア様ですね」
「はい。ですけれど、私は養女なのですわ」
彼は立ち止まり、リアと目線を同じにして、そっと告げた。
「アーレンス公爵の妹君のお嬢様ですね。存じております。ですが皇宮においては、そのことは口になさらないほうがよいかもしれませんね。皇帝陛下とのこともございますから」
親切に忠告してくれたローレンツに、リアは素直に頷いた。
(そうね。私、なんて迂闊なのかしら。この皇宮にきてしまったこと自体、そうだし。このひとは聞かされていないかもしれないけれど、私はこのまま牢に入れられてしまうのかも。そうなったら、全速力で逃げなきゃ!)
リアは、以前から身体を鍛えてきた。
現在も教師の一人からは護身術を学んでいる。
公爵は必要ないと言ったが、頼んでつけてもらった。昔、村で指導を受けたヨハンから、人生何が起きるかわからないし、身を守る術を身に付けることは大切だと聞いた。
リアは『闇』寄り。
身体が弱くなりがちなので、体力をつけるためにも良いだろうと、公爵は納得してくれたのだ。
その鍛錬が今こそ役に立つ!
捕らえられたり、殺されるのは御免である。
走って逃げる心構えをし、周りを見回し、逃走経路を考えた。
闇魔力を使えば、恐らく逃げられる。だが両親と使わないと約束した。
公爵家の皆もリアのことを『風』術者の『闇』寄りだと思っている。リアが『闇』術者として覚醒していることは、誰にも知られていない。
渡り廊下を通って、傍らに巨大な噴水がある場所でローレンツは立ち止まった。
「それではこちらでお待ちいただけますか」
「――はい……」
設えられたテーブルにつくよう言われ、リアはおずおず腰をおろす。
(一体、何がこれからはじまろうとしているの……?)
ここが引き渡しの場所で、これから牢へ直行?
すこぶる不安だ。立っていたら、倒れてしまっていただろう。
少しして、テーブルにお茶菓子が並べられ、リアの前と、向かいの席にティーカップが置かれた。
(……誰かもう一人来るの?)
「君がそうか」
突如声がして、びくっとして横を見れば、細かな刺繍の入った白の衣装を身につけた少年がいた。
金色の髪に、セルリアンブルーの双眸、品のある通った鼻梁、甘やかな感じの唇。
(パウル……!)
リアは目を見開き、椅子から立ち上がった。
そこにいたのは、初恋の相手だった。
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