上 下
18 / 100
第一部

出会い

しおりを挟む
 硬直するリアを、皇帝は長く無言で眺め、ようやく声を発した。

「ローレンツ。この娘をすぐに案内しろ」
「は」

 後方にいた近衛兵は短く答え、リアの前まで無駄なく歩いてきた。

「ご案内いたします、お嬢様。どうぞこちらに」
「え……」

 リアは心細くなり、公爵を仰いだ。

「お父様」

 公爵も戸惑いの表情を浮かべる。

「――陛下、私も娘に付き添っても?」

 しかし皇帝は、かぶりを振った。

「いや。おまえには話がある。残れ」
「……承知しました」

 それでリアは一人、近衛兵に連れられて、謁見の間を出ることとなったのだ。

(……どこに連れていかれるの……?)

 ……もしかして……。許せない娘だ! と牢に捕らえられてしまうのでは。
 そんな危惧を抱き、冷たい汗が滲んだ。
 
 近衛兵は、先程リアが通った大廊下とは違う、庭園に伸びる廊下を進む。
 後ろを歩くリアを気にかけながら、彼は柔らかく声を掛けてきた。

「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ?」

 また十代の年若い近衛兵はリアに、笑顔を向ける。

「誰もあなたをとって食ったりはしませんからね」

 逞しい体つきをしていて、赤褐色の髪に、グレーの瞳。
 清潔感があり爽やかな笑顔を見ていると、心が落ち着く。すこぶる好青年だ。

「ありがとうございます」

 気遣ってくれた近衛兵に頭を下げて礼を言うと、彼は笑みを深める。

「いえ。私はローレンツ・フューラーです。あなたはアーレンス公爵家のご令嬢、リア様ですね」
「はい。ですけれど、私は養女なのですわ」
 
 彼は立ち止まり、リアと目線を同じにして、そっと告げた。

「アーレンス公爵の妹君のお嬢様ですね。存じております。ですが皇宮においては、そのことは口になさらないほうがよいかもしれませんね。皇帝陛下とのこともございますから」

 親切に忠告してくれたローレンツに、リアは素直に頷いた。

(そうね。私、なんて迂闊なのかしら。この皇宮にきてしまったこと自体、そうだし。このひとは聞かされていないかもしれないけれど、私はこのまま牢に入れられてしまうのかも。そうなったら、全速力で逃げなきゃ!)

 リアは、以前から身体を鍛えてきた。
 現在も教師の一人からは護身術を学んでいる。
 公爵は必要ないと言ったが、頼んでつけてもらった。昔、村で指導を受けたヨハンから、人生何が起きるかわからないし、身を守る術を身に付けることは大切だと聞いた。
 
 リアは『闇』寄り。
 身体が弱くなりがちなので、体力をつけるためにも良いだろうと、公爵は納得してくれたのだ。 
 その鍛錬が今こそ役に立つ!
 捕らえられたり、殺されるのは御免である。
 走って逃げる心構えをし、周りを見回し、逃走経路を考えた。
 
 闇魔力を使えば、恐らく逃げられる。だが両親と使わないと約束した。
 公爵家の皆もリアのことを『風』術者の『闇』寄りだと思っている。リアが『闇』術者として覚醒していることは、誰にも知られていない。

 渡り廊下を通って、傍らに巨大な噴水がある場所でローレンツは立ち止まった。

「それではこちらでお待ちいただけますか」
「――はい……」

 設えられたテーブルにつくよう言われ、リアはおずおず腰をおろす。

(一体、何がこれからはじまろうとしているの……?)

 ここが引き渡しの場所で、これから牢へ直行?
 すこぶる不安だ。立っていたら、倒れてしまっていただろう。

 少しして、テーブルにお茶菓子が並べられ、リアの前と、向かいの席にティーカップが置かれた。

(……誰かもう一人来るの?)

「君がそうか」
 
 突如声がして、びくっとして横を見れば、細かな刺繍の入った白の衣装を身につけた少年がいた。
 金色の髪に、セルリアンブルーの双眸、品のある通った鼻梁、甘やかな感じの唇。

(パウル……!)
 
 リアは目を見開き、椅子から立ち上がった。
 そこにいたのは、初恋の相手だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...