闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣

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第一部

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 一年経って、リアは九歳となった。
 公爵家での生活も、大分馴染んできた。
 亡き両親や、公爵家に恥をかかせないよう、リアは毎日家庭教師の授業を真面目に受けている。
 
 今日は、久々の休日だったので、クルム侯爵家へ馬車で訪れた。
 侯爵家に引き取られたイザークと文通しつつ、時間を見つけて互いの家を行き来している。
 有力貴族であるクルム侯爵家も豪邸だ。
 美しい庭園に通され、そこでイザークに笑顔で迎えられる。

「リア」

 リアは瞬いた。

「イザーク、また身長伸びた?」
「少しな」
「見るたびに高くなってるわ……」

 なんだか置いて行かれそうで、リアは焦る。
 イザークは生まれたときから侯爵家で育った貴公子のようになったが、二人で会うときは、昔のまま飾らない。

「リアも身長伸びただろ?」
「イザークほどじゃないもの。羨ましいわ」

 リアは彼と広い庭を歩き、設えられた椅子に座り、話をする。

「公爵家での生活、慣れた?」
「うん。最初の頃と比べると。イザークは?」
「俺も。リアの両親から学んでいたことが、とても役立ってる」

 リアもそうだ。
 両親と過ごした日々が、恋しかった。
 イザークは視線を空に向け、遠くをみるように目を細めた。

「帝都から大分離れているし、今は無理だけどさ。大人になったらまた村に行ってみよう」
「ええ」

 心にぽっかり空いてしまった穴は、同じ思いを経験したイザークといる間は塞がる気がした。
 公爵も兄も弟も優しいけれど、幼馴染のイザークといるときが、リアは昔のまま自然体でいられて、最も心が安らぐのだった。

「そうだ、私、今度皇宮に行くことになったの」
「え、皇宮に?」
「そうなの。皇帝陛下にお目にかかるって、今朝お父様に言われて」

 イザークはびっくりしたように眉をあげた。

「えっと……皇帝陛下とリアのお母さんって、以前、婚約してたんじゃなかったっけ……?」
「そう……」

 だからリアとしては、否が応でも緊張が増す。

「ま、リアが生まれるよりも前のことなんだし……。陛下もそういった出来事をもう覚えていないだろう。気にすることはないさ。君は肝が据わっているし、今はもうレディだ」

 イザークは自分の顎を摘まむ。

「けど初拝謁……社交界デビューにはまだ早いよな」

 リアはテーブルの上で指を動かす。

「今度のは非公式なものみたい。礼儀作法の先生には、社交界に出たとき、困らないようにって、それは厳しく注意されていて。よく叱られるわ。陛下の前で失礼なことしてしまったらどうしよう」
「俺も、教師によく叱られるけどさ。君なら大丈夫だ」

 そのとき高く甘い声が響いた。

「イザークお兄様!」

 こちらに駆けてくるのは、彼の腹違いの妹であるメラニー・クルムだった。

「メラニー」 
 
 ストロベリーブロンドの髪に、白い肌、ブラウンの瞳、小さな鼻、ぷっくりした唇の、可愛らしい少女だ。
 
 メラニーはちらっとリアに視線をよこした。

「楽しそうですね。わたしもご一緒してもいいですか、リア様?」
「ええ、もちろんです」

 リアが答えると、メラニーはイザークの横の椅子に、ちょこんと腰を下ろした。彼女はリアと同い年だ。
 メラニーはまろやかな茶の瞳で、観察するようにリアを見る。

「オスカー様とカミル様と従兄弟なんですよねえ?」
「はい」

 彼女はぼそっと言う。

「いつも思うけど、似ていない。お二人はとっても魅力的なのに……」

 リアが二人と似ていないのは事実だ。オスカーとカミルに魅力があるのもその通りである。
 メラニーは、イザークの手を取った。

「リア様って気が強そうな顔立ちだし。性格もそうなのでは? イザークお兄様?」
「え? ああ、リアは強いけど……」
「やっぱり! ね、イザークお兄様、この間ね……」

 それから彼女はイザークに積極的に話しかけて、リアをほぼいないものとして扱った。
 前から感じていることだが、彼女はリアをよく思っていないらしい。
 彼女に何かした覚えはないのだが。 

(彼女が異母兄のイザークを慕っているからかしら……)
 
 昔から彼を知るリアのことが目障りなのかもしれない。
 しばらくそこで過ごしたあと、リアは帰り支度をした。
 馬車の前まで、イザークが送ってくれた。

「メラニーが、ごめん、リア」
「気にしていないわ」

 いつものことだし、慣れた。

「さっきの、俺はリアは芯が強いって、可愛いって言おうと思って――」

 彼は横を向いて、もごもご小さく呟く。

「え?」

 彼はくしゃくしゃっと自分の髪をかきあげた。

「いや。っていうか余り話ができなかったし、来週は俺が公爵家に行ってもいいか?」
「うん」

 リアは馬車に乗り、クルム侯爵邸を後にした。
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