1 / 100
第一部
前世と違う舞踏会
しおりを挟む
「君との婚約を破棄しない」
「…………」
公爵令嬢リア・アーレンスは、混乱した。
今夜、この舞踏会において、リアは彼から婚約破棄を突き付けられるはずだった。
声を失い、完璧な美貌の婚約者を見つめる。
ダンスを終えたばかりなため、背には彼の手が回ったままだった。
宮殿の煌びやかな大広間には、人々がひしめきあっている。
彼の肩越しに、メラニー・クルムの姿がみえた。
「ジークハルト様」
掠れた声がようやく出て、リアは自らの婚約者――皇太子ジークハルト・ギールッツの名を口にした。
「なんだ?」
ジークハルトは、リアとの婚約を解消し、メラニーと婚約すると、ここで宣言するはずではなかった?
「今……なんとおっしゃいましたの……?」
彼は皮肉な笑みを唇に刻む。
「君との婚約を破棄しない、と言った」
「――あの、それは……」
彼は目を眇める。
「オレは君を逃がさない。決して。オレから逃げられるなんて考えないことだな。もし、君がそんなことをすれば、どうなると思う」
逃げるのではないが、帝都を離れるつもりではいた。
彼はリアの耳元で、いっそ甘やかに囁いた。
「もし逃げれば、オレは君を殺す」
憎悪ともいえる昏い炎が、彼の双眸に宿っている。
リアは背筋が凍りついた。
冷酷なセルリアンブルーの瞳を、呆然と見つめ返すことしかできない。
◇◇◇◇◇
(どうして……どうして婚約破棄されなかったの?)
わからない。
これはどう捉えるべき事態なのか。
リアは大広間から離れ、控え室へ入った。
休憩するための小部屋が幾つも並んでおり、その一室に足を踏み入れ、椅子に腰を下ろす。
衝撃で指先がまだ震えていた。
――リアは一度目の人生を――二十代半ばで終えた。
理由は謎だが、亡くなったあと、またリア・アーレンスとして生まれ変わり、二度目の人生を送っている。
前世を思い出したのは、今から六年前。十歳の頃だ。
最初の人生の記憶は曖昧である。
そのため、二度目の人生でもそれなりに新鮮な毎日を過ごしていた。
婚約破棄はショックな事だったから、比較的鮮明に覚えている。
今回は心づもりを固めていた。
婚約破棄しないと言われ、逆に衝撃を受けている。
今生、前世と違う出来事は、起きていた。
けれど――運命だと、婚約破棄の回避には動かなかったのに――。
「リア」
呆然自失していると、兄のオスカーが休憩室に入ってきてリアに声をかけた。
「お兄様……」
青ざめているリアをみて、オスカーは細い息を吐く。
「リア……殿下が、婚約を破棄すると?」
オスカーは憂いながら、リアの隣に座る。
「殿下と侯爵令嬢メラニー・クルムが親密なのは残念ながら有名だから……。彼女と結婚するため、婚約を破棄すると? ほかの者にうつつを抜かすような男など――」
「違うの、お兄様……。ジークハルト様は婚約破棄しない、とおっしゃったの」
「…………なんだって?」
兄も驚愕している。
(……そうよね……驚くわよね……)
婚約破棄は時間の問題だと、皆、思っていた。
リアに対するひどい噂が流れている。
皇太子に近づく女性――特にメラニーを非道にいじめていた、さらに彼女の兄と不貞を働いた悪女だ、と。
根も葉もない噂で、真実ではない。
だがリアは悪役でいいと、婚約破棄も全て受け入れるつもりだった。
前世同様、婚約破棄された後、帝都を出て冒険者として生きると決めていたのだ。
前世、冒険の末に亡くなったものの、各地を旅することに、魅力を感じていた。
リアは窓の外へと、ゆっくりと視線を移す。
ジークハルトの先程の瞳が脳裏に焼き付いていて、離れない。
昔好きだった初恋相手と、ジークハルトの容貌はよく似ている。
――リアは、まだ二度目の生だと知らなかった、幼い日々に思いを馳せた。
「…………」
公爵令嬢リア・アーレンスは、混乱した。
今夜、この舞踏会において、リアは彼から婚約破棄を突き付けられるはずだった。
声を失い、完璧な美貌の婚約者を見つめる。
ダンスを終えたばかりなため、背には彼の手が回ったままだった。
宮殿の煌びやかな大広間には、人々がひしめきあっている。
彼の肩越しに、メラニー・クルムの姿がみえた。
「ジークハルト様」
掠れた声がようやく出て、リアは自らの婚約者――皇太子ジークハルト・ギールッツの名を口にした。
「なんだ?」
ジークハルトは、リアとの婚約を解消し、メラニーと婚約すると、ここで宣言するはずではなかった?
「今……なんとおっしゃいましたの……?」
彼は皮肉な笑みを唇に刻む。
「君との婚約を破棄しない、と言った」
「――あの、それは……」
彼は目を眇める。
「オレは君を逃がさない。決して。オレから逃げられるなんて考えないことだな。もし、君がそんなことをすれば、どうなると思う」
逃げるのではないが、帝都を離れるつもりではいた。
彼はリアの耳元で、いっそ甘やかに囁いた。
「もし逃げれば、オレは君を殺す」
憎悪ともいえる昏い炎が、彼の双眸に宿っている。
リアは背筋が凍りついた。
冷酷なセルリアンブルーの瞳を、呆然と見つめ返すことしかできない。
◇◇◇◇◇
(どうして……どうして婚約破棄されなかったの?)
わからない。
これはどう捉えるべき事態なのか。
リアは大広間から離れ、控え室へ入った。
休憩するための小部屋が幾つも並んでおり、その一室に足を踏み入れ、椅子に腰を下ろす。
衝撃で指先がまだ震えていた。
――リアは一度目の人生を――二十代半ばで終えた。
理由は謎だが、亡くなったあと、またリア・アーレンスとして生まれ変わり、二度目の人生を送っている。
前世を思い出したのは、今から六年前。十歳の頃だ。
最初の人生の記憶は曖昧である。
そのため、二度目の人生でもそれなりに新鮮な毎日を過ごしていた。
婚約破棄はショックな事だったから、比較的鮮明に覚えている。
今回は心づもりを固めていた。
婚約破棄しないと言われ、逆に衝撃を受けている。
今生、前世と違う出来事は、起きていた。
けれど――運命だと、婚約破棄の回避には動かなかったのに――。
「リア」
呆然自失していると、兄のオスカーが休憩室に入ってきてリアに声をかけた。
「お兄様……」
青ざめているリアをみて、オスカーは細い息を吐く。
「リア……殿下が、婚約を破棄すると?」
オスカーは憂いながら、リアの隣に座る。
「殿下と侯爵令嬢メラニー・クルムが親密なのは残念ながら有名だから……。彼女と結婚するため、婚約を破棄すると? ほかの者にうつつを抜かすような男など――」
「違うの、お兄様……。ジークハルト様は婚約破棄しない、とおっしゃったの」
「…………なんだって?」
兄も驚愕している。
(……そうよね……驚くわよね……)
婚約破棄は時間の問題だと、皆、思っていた。
リアに対するひどい噂が流れている。
皇太子に近づく女性――特にメラニーを非道にいじめていた、さらに彼女の兄と不貞を働いた悪女だ、と。
根も葉もない噂で、真実ではない。
だがリアは悪役でいいと、婚約破棄も全て受け入れるつもりだった。
前世同様、婚約破棄された後、帝都を出て冒険者として生きると決めていたのだ。
前世、冒険の末に亡くなったものの、各地を旅することに、魅力を感じていた。
リアは窓の外へと、ゆっくりと視線を移す。
ジークハルトの先程の瞳が脳裏に焼き付いていて、離れない。
昔好きだった初恋相手と、ジークハルトの容貌はよく似ている。
――リアは、まだ二度目の生だと知らなかった、幼い日々に思いを馳せた。
60
お気に入りに追加
1,465
あなたにおすすめの小説
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる