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44.覚えていない

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 入学してもう二週間経ったが、勇み足だった。

「これだから平民は。困ったこと」

 ライオネルは外交で国外に出ていて、今学校を離れていることもあって彼女はわかっていないのだろう。

「ライオネル様は輝くオーラがあり、彫刻のような外見をされているわ。金の髪に、天空色の瞳、筋の通った鼻梁、上品な口元の。とにかくきらきらよ」

 ここまで言えばわかるはず。
 ドナはぼんやりと答えた。

「あ……道に迷ったとき、見たような気が? よく覚えていません」

 メインヒーローとの出会い、胸ときめく印象的なシーンなのに。 
 強制イベントをすでに済ませているとすれば、ヒロインの反応が薄すぎはしない……?
 内心シャロンが狼狽すると、ドナが胸を押さえた。

「あたし、このところおかしいんです……」
「確かにおかしいようだわ……、いったいどうなさったの」
 
 ドナは切なげに訴えた。

「ある男性が気になって。何も手が付かなくて……。そのひとのこと以外何も考えられないんです。胸が騒いで」

 彼女はもじもじとする。シャロンは目を丸くした。
 もしかして。

「それは恋ではなくって」
「やっぱりこれって恋ですよね……!」

 ドナは悩ましげな息をついた。
 すでにヒロインは恋をしている!
 アンソニーとエディはいないから、消去法で言えば、相手はルイス。
 だがこの段階で出会っていただろうか?
 
 ルイスは学年が一つ上ということもあり、攻略対象のなかでは出会うのが最も遅かった気がする。
 攻略対象がふたりいない影響で、早めに出会い、何も手に付かないほど、はまったのだろうか。
 
 何やら展開が早すぎる気がしたが、彼女が恋をして結ばれれば、世界もシャロンも救われる、応援するっきゃない。
 念のためシャロンは彼女に問うた。

「誰に恋をしたの?」

 少々抜けているので、恋する相手が王太子だと気づいていない可能性大だ。

「校内で出会った名も知らない相手ではなくて?」

 すると彼女はきっぱり首を横に振った。

「知っているひとです」
 
 ライオネルが印象に残っていないなんて信じ難い。たぶん間違って覚えているのだ。

「名前は?」
 
 ライオネル・レイリオードなのだと教えてあげなくては。そうして「わたくしの婚約者に色目を使わないで!」と、因縁をつけるのである。

「名前は……恥ずかしくて言えません……っ」

 彼女は身を捩る。
 シャロンは両腕を組んで、ドナを見据える。

「あなた、わたくしに逆らう気?」
「違います。で、でも……っ」
「言うのよ」

 間違っていると教えてあげるから。

「誰にも話さないでくれますか?」
「そんなこと約束しなくってよ」
「広めるようなことは、どうか……」
「それはしないから、さっさと言いなさい」
 
 彼女は恥ずかしそうに目を瞑り、ぽつりと呟いた。

「……あたしが好きなのは……クライヴさんです」
「間違えて名前を覚えているわよ。あなたが恋をしているかたの、本当の名前は」
「間違えてなんていません!」

 ドナは叫び、胸の前で手を握りしめた。

「あたしが恋しているのは、シャロン様の従者さんです!」 

(え)

「……まさか……クライヴ・エメット?」

 彼女はきゃっと、口元を覆った。

「はい、クライヴさんです! シャロン様のお屋敷でお勤めになっている」

(恋したのって、クライヴになの……!? ライオネル様でもルイス様でもなく!?)

「一目見たときから、心を奪われてしまって……! すらっとしていて。アッシュブロンドの髪に、濃い紫みの青の瞳。眉目秀麗でやさしくて。きゃあっ」

 言葉にして興奮したのか、彼女はきゃっきゃっと言う……。

(……ヒロインが攻略対象ではなく、クライヴに恋……)

 眩暈がした。

 だが──シャロンは最初クライヴに会ったときから、嫌な予感がしていたのだ。
 あり得ないくらいイケメンだったから。
 こんな美少年がなぜ乙女ゲーに登場しなかったのかと、ずっと今でも不思議に思っている。

「シャロン様」

 呆然としているシャロンに、ドナが上目遣いする。

「どうかクライヴさんに、あたしが好意をもっていることを伝えていただけませんか……?」
「え?」
「あたし、クライヴさんとお付き合いできたら嬉しいです」

 シャロンは倒れそうになりつつ、ええ……と答えふらつきながらそこを後にした。
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